質のいいベッドはきしまないということを知ったのは臨也さんとするようになってからだ。スプリングもそれを支える骨組みもしっかりしているし、何よりクイーンサイズなんていうおよそ一般家庭では中々お目にかかれないような大きさのベッドなら人間が複数人乗ることが前提なのだからきしまないのは当然なのかもしれない。
 初めてこの寝室に入ったとき、真っ先に目に入ったベッドに少しばかり、ああ何だ、と思ったことは事実だ。この広いベッドだけで彼がここに誰かを招くのは初めてではないのだとわかってしまった。それに対して不満を言うのはおかしい、とは思う。臨也さんだって年齢を誤魔化したり、そもそも見た目から年齢不詳ではあるけれどれっきとした成人男性だ。あの容姿でこの歳まで未経験だなんて思っていたわけじゃない。ただなんだろうか。他人が、それもきっと彼に見合うであろう見目の麗しい女性がこのベッドの上にいたんじゃないかと考えてしまった瞬間僕は怖じ気づいてしまった。咄嗟にするのが嫌だと思ったのは彼に対する嫌悪感よりも、比べられたらという恐怖心だ。衣服を身につけていても肉付きのよくない身体なんて一目瞭然だし、男の身体だというのは言われなくてもわかることなのだから臨也さんに文句を言われたところで馬鹿じゃないですか、選んだのはあなたですよと言い返せばいいだけだとわかっているのにもし彼にそういう目を向けられでもしたらいたたまれなさに死にたくなる気がした。
 これはもう、今日はやめておこう、しないでおいたほうがいい。せめて初めてくらいは他人の気配も彼の匂いもしないような場所、そう例えばシティホテルとかでしよう。
 そう思って僕の腰に手を回していた彼に何か言うよりも先に臨也さんは僕を見下ろしながら、日だまりで眠る猫のように柔らかく目を細めて意外な言葉を口にした。
 ここに誰かを入れるのは初めてだよ、え、何その顔もしかして信じてないの? あのさぁ、俺の仕事ちゃんと覚えてる? 情報屋って敵が多いんだからね? 簡単に一番無防備な場所に招くわけないだろ、盗聴器とか仕掛けられても厄介だし。ベッドのサイズ? ああ、広い方が快適だからだけどそれがどうかした?
 敵が多いのは臨也さんだからじゃないのかとか、盗聴器だの盗撮カメラだの仕掛けられても臨也さんならすぐに取り外せるだろうにだとか、言いたいことはたくさんあったし、その言葉が本当にここに誰もいれていないという証拠にはならないけど、ほっと安堵してしまったのもまた事実だ。比べられるかもしれない、という現実は変わらないのだから何の問題も解決していないのに、それでも何となく、そうやって僕が怖じ気づいているのを察してそうっと言葉をかけてくれているのなら、初めての最中に酷い誹りをするようなことはしないだろうと思った。かと言って彼が今後僕を詰ることがないかと問われればそれはまた別の話だけどさ。時々肉付きが悪いと半眼で苦情を言われることがあるし。……それは僕が食費を抜いてパソコンの方に費やそうとするから言われるのだとわかっているので悲しさよりも適当な謝罪の言葉が出てきてしまうからあまり気にはしていない。
 そうやって臨也さんはゆっくりと言葉と態度で慣れない行為に逃げ出したくなる僕を上手に誘導していた。初心者の身としてはそうやって手を引かれているほうが楽だったからされるがままだったことは認めよう。何より臨也さんは僕が嫌がることはしたことがなかった。
 それも今では過去形にしかならないけどさ。
「や……あ、んっ、あ」
 自分の口から出る声が震えているのは弛緩剤とやらだけのせいじゃない。静かな室内に響く粘着質な音が原因の大半だ。
 臨也さんは突然動かなくなった身体に混乱していた僕のシャツの前を広げた後、下着ごとズボンを脱がせると脚を広げさせた。大の字ではなくまるで蛙が仰向けになったかのようなその体勢に死にたくなるような羞恥心を覚えたのに僕の身体は彼のされるがままだ。
 力なく垂れ下がった僕の性器をしばらくつついて弄んでいた彼を睨みつけると、喉で笑った臨也さんにキスをされた。間近で、ごめんって、そんなに怒らないで? と機嫌を伺う声がしたけど怒られたくないのならそんなことしなければいい。
 そう言ったのに臨也さんは笑って取り合ってもくれず、ねっとりと舌を絡ませるキスをしたまま僕のものとズボンの前だけをくつろげて出した彼のものを重ね合わせるようにして擦りつけた。彼が仕事で会えないからと言ってから一人ででもあまりしていなかったせいであっさりとその快感に負け吐精した僕の目に満足げに笑う臨也さんの顔が目に入る。臍のあたりに溜まった精液を指でかき混ぜた彼が口の端を上げていたのは出したそれが普段よりも濃いことがわかったからかもしれない。
 せっかく久しぶりにするのだから僕だって彼に触れたいのに、それなのにというぐずぐずとした文句を口走ってはみたものの解毒薬は持っていないという。
「大丈夫、二時間もしたら完全に抜けちゃうから」
 二時間もこのままなのかと思うのは当然のことだろう。恨みのこもった目で見つめると臨也さんはするりと指で僕の額の生え際を撫でた。慈しむようなその仕草に少しだけ眉間の皺を緩めたけど、だからといってほだされる気はない。
 ぎゅ、と唇を噛んだ僕に臨也さんがまた笑った。
「ねえ、いい加減機嫌直してってば」
「……」
 緩く口を開いて、閉じてといったことを繰り返す。何か言おうとしたけど弛緩剤の影響かあまり長い言葉を話したくないなと思った。単語だけで言うのなら、嫌だ、と、待って、になる。今するのは嫌だから、薬が抜けるまでちゃんと待ってて、そうしたら僕だって、という思いは残念ながら伝わらなかったらしい。
 僕の様子を見ていた臨也さんがすぅ、と目を細めた。相変わらず緩く口の端を持ち上げていたから、不敵に笑っているようにしか見えないけど普段より瞬きの回数が多くなっていたからあまりよろしくないことを思いついたんだろうと身構えた僕の予想通り臨也さんはおもむろに僕の上に四つん這いになった。それも、彼の下半身が僕の目前にくるように。いわゆる数字で表現されるようなこんな体位はまだしたことがなかった。知らないなんてカマットぶったことを言う気はないけど臨也さんとするときは、前か後ろかの差はあれどだいたい抱きしめてもらいながらしかしたことがない。
 さっきまで擦り合っていた彼の性器が動けない僕の顔に触れる。顔を背けなかったのは薬のせいで動けないからじゃなく、こんな至近距離で彼のものを見たのが初めてだったからだ。僕のとはやっぱり色や大きさが随分違う。
「ひ、うっ」
 まじまじと観察しているといきなりぞわりと下半身から快感が這い上がってきた。生暖かい感触で臨也さんが僕のを舐めたのだとわかる。
「帝人君はしなくていいよ」
 そう言うのなら僕の頬にそれを押しつけないでもらいたい。さっき出したばかりなのに臨也さんの性器は少しだけ反応してて、彼が腰を動かす度に先走りが顔につく。青臭い匂いに眉間を狭めると、まるでそれを咎めるかのようなタイミングでじゅるりと下半身を吸われた。
「……っ、あ」
 普段なら勝手に腰が持ち上がるはずなのに身体はぴくん、とわずかに反応しただけだった。ただ身に襲ってくる刺激は相応のもので、それを上手く逃がすには呼吸を何度も繰り返すしかなかった。自然と大きく口を開けて酸素を取り込もうとすると臨也さんの先端から溢れた粘度の高い透明な体液が舌に乗る。
「あの……っ」
「何?」
 僕のを口にくわえながらだから正確には、ひゃに、という間抜けな発音だったけどくわえたまましゃべらないでもらいたい。その刺激だけで出してしまいそうなくらいには、一度だけでの射精では満足できていなかった。
 僕が何もしなくていいのなら、どうしてこの体勢でないといけないのか。
 震える声でなんとか尋ねた問いに対する答えは明朗なものだった。
「だってこっちのほうがよく見えるし」
 見えるって、何が。そう思った瞬間つん、と何かが……臨也さんの指が、後ろに触れた。
 弛緩剤なんてものを飲まされている僕は動けなくて、みっともないことに最初に臨也さんが僕に強いた体勢のままで、両脚はM字に近いような状態で広げていて、彼は僕のを舐めていて、ととぐるぐる今の状況が頭を巡るのは現実逃避の一貫だったのかもしれない。だけど彼の言った『よく見える』の意味を正確に理解した途端一気に顔が熱くなった。客観的に見たらぶわりと音でもしそうな勢いで顔が紅くなっていたに違いない。
「あっは、何? 意識してなかったの? 今ここがきゅってなったよ」
 からかうような声と共にまた指が後ろを突く。脚を力が入らないながらもなんとか動かそうにも、臨也さんが抑えつけているから閉じれない。
「や、あ……! いざやさん、やっ、ん、んんっ」
 中に指を押し込むこともなく、ただそこに入りたがるようにつつく指と彼の口淫のせいで二度目の射精をしてしまう。吐き出した精液はそのまま彼の口に入り、まさか飲む気だろうかという僕の危惧はとろりと後ろに垂れた液体で霧散した。一旦口に入れたものをそのまま潤滑剤代わりに使う気らしい。
 常ならきちんとローションを使ってくれるのに、こんな辱めるような格好を強いらないのにと頭の中に浮かぶ文句は全部嬌声に押しつぶされる。
「ひっ、やだ、もぉや……あっあ」
 臨也さんは逐情して萎えた僕の性器を舐めながら白い体液をまとわりつかせた指を後ろに押し込んできた。
 簡単に入っちゃったねぇそんなに欲しかった? とか、ねえわかるここ気持ちよさそうに俺の指吸ってる、だとか、弛緩剤のせいかなちょっと無理しても痛くないみたいだね指もう一本挿れるよ、なんて言葉を時折僕のものに吸い付きながら言うのだから鼻声でお願いだから黙ってください、と言いたくなるのも無理はないと思う。
 傍若無人な振る舞いをするくせに臨也さんは僕がそう言うとぴたりと黙ってくれた。代わりに喉で笑う声が聞こえたけどせっかく閉じてくれた口をまた開かせたくない。
 そうやってしばらく臨也さんは無言で僕のそこをいじり、中を拡げた。焦らしているのか久しぶりにする僕の身体を慮ってなのかわからないが目の前の彼の性器は酷く興奮しているようにしか見えなかった。
 何でもいいからもうさっさと挿入してくれないだろうか。そうすれば少なくとも性器に刺激を与えられる度にきゅうと締め付けるそこを見られなくて済むのに。
「帝人君」
「な、んです、か」
「んー……今、指が何本入ってるかわかる?」
「……は?」
 浅い呼吸を何度も繰り返しながら問われたことを考えてみたけど、そんなものわかるはずもない。
 薬のせいか、それとも臨也さんがじっくりと慣らしているせいなのか後孔からは無理矢理拡げられたような引きつる痛みは感じなかった。
「わからないか……そう」
 呟くと臨也さんはようやく僕のそこから顔をあげてくれた。
 僕の顔を跨いだまま上半身を起こした状態で臨也さんはふ、と何かを思い出したように僕の顔を見た。さっきまでずっと相手の表情が見えなかったのは臨也さんも同じで目が合うとすぅ、と目を細めた。
「やらしい顔してるね、帝人君」
 それ、そっくりそのままお返しします。
 上気した頬は天井のライトの逆光になっていてもよくわかるし、水分の多い目やら僕の体液や自身の唾液のせいで濡れている唇は刺激が強すぎる。
 ぼんやりとその顔に見とれている僕に何も言わず、臨也さんは膝立ちのままベッドの上を動くと僕の脚の間に座った。腰を掴まれ、性器を突っ込まれる感覚に耐えようといつものように少し腹筋に力をいれようとしたのにやっぱり身体は動かない。
「ん……あ、あっ」
 代わりとばかりに喉を拡げて声をあげる。そうすれば少しだけ楽になると教えてくれたのは臨也さんだった。そもそもこんなことをする相手はこの人しかいないのだから彼以外に教わることもできないのだけど、初めてした性行為が女側だというのはもしかしなくてもかなりマイノリティなのかもしれない。それに対しての後悔はあるがそれでもこの人と身体を繋げることを選んだのは自分自身だ。彼にそそのかされて、なんて言い訳が通用しないことは知っていたし、そんなことを誰かに弁明する気もない。
 臨也さんと名前を呼ぶと奥まで性器を押し込んだ彼が薄く笑う。彼の微笑は基本的に皮肉ったものに見えるけど、こういうことをしているときは酷く無防備な顔をするくせにまるで僕を安心させるかのように笑ってくれる彼の顔が僕は一際好きだ。あまり見れるものじゃないからかもしれない。
「ねえ」
 最中の声だって快感を堪えるように浅い呼吸に混じってだ。それに充足感を覚えながら目だけでどうかしたのかと問うてみた。ふふ、と笑った臨也さんの顔は華のような、と表してもいいような笑みで、男相手にこの表現はないよなとはわかっているがそう思ったのだからしょうがない。
 臨也さんの手が僕の身体のラインを辿るように腰からゆっくりと這い上がり、どこか甘えるような仕草で肩口に頭を押しつけてきた。
 大きな猫のような動きが可愛いなと単純に思う。身体が動けば頭を撫でていたかもしれない。そんな思考が浮かぶくらい僕にとって臨也さんのこの仕草は悪くないもので、だけど彼が愛らしい生き物ではないことをこの後の言動で思い知らされた。
「さっきさ、指、何本入ってたかわかる?」
「え……わかん、ないです、よ、あ……あっ」
 一度出しているからか臨也さんは性急に動いたりはしなかった。事の最中にそういった余裕を見せられるのは少しばかり、寂しいような気もする。
「教えてあげようか?」
 臨也さんがゆっくりと上半身を上げる。ぬくもりが遠くなって寂しいなとぼんやり思う僕の目の前で、臨也さんは両手を上げた。まるで狭い隙間をこじ開けるように、彼はその両手の人差し指と、中指と、薬指の爪をそれぞれに合わせるようにして見せる。
「これだけ入ってたんだよ」
「……へ?」
「弛緩剤のおかげかなぁ、今までは指を四本挿れたら帝人君が痛いって言ってたんだけど、さっきは六本も入っちゃってさ。もしかしたら、今ならフィストくらいいけちゃうかもってちょっと思ったんだよね」
 突然出てきた単語の意味がわからず困惑する僕に臨也さんは丁寧に教えてくれた。
「フィスト、手首から先ってことだよ。わりと特殊なプレイに分類されるし、俺はそういうの好きじゃないけど、帝人君がしたがるなら付き合ってあげるよ」
 そんなことをどうして僕がしたがると思うのか。それに、指が六本って、と呆然としながら下ろさないままにしている指を見つめる。
 臨也さんの指は太くは無い。かと言って女性のように細いわけでもない。成人男性相応の指の太さだ。それが、あれだけのものが自分の中に。
 自覚した途端さあ、と血の気が引くような音がした。人体構造的に考えてそれだけ入るのっておかしいじゃないか。
「すごいよねぇ、帝人君。俺が抱いてる内に、ここさ」
 臨也さんは手を下ろすと狼狽している僕の後孔の縁をなぞった。引っ掻くように爪を緩く立てられ、はしたない声が出そうになる。だけどその指がぐ、と後ろを押してきた瞬間嫌な予感がした。
「ちゃんと他人を受け入れられるような場所になっちゃったんだねぇ」
「や、待って、いや、やだ……っ、いっ」
 他人とは言っても、俺以外とすることなんて一生ないと思うけどねと言いながら臨也さんは僕の拒絶の言葉を無視するように指を一本、彼の性器が入っている場所に押し込んできた。
 痛みはない。だけどぞわりと背筋が粟立つような感覚はあった。何というのだろうか、着地が上手くいくかいかないかの判断に困るような高い場所から飛び降りるときと似たような、快感とはまた違う酷く切羽詰まった感覚だ。
 いやだ、と、やめて、という言葉を口走る僕の顔を見ながら臨也さんはにぃ、と口の端を持ち上げながら指を潜り込ませてくる。その指がある一点を擦った瞬間、彼が何をしようとしているのか正確に理解してしまった。
 彼の指がぐ、と前立腺を押し上げた瞬間喉から悲鳴と嬌声が混じったような声が勝手に出ていた。
「気持ちよくしてあげるって言っただろ? どうせなら、薬を飲んでるときじゃないと味わえない快感を教えてあげる」
 心の底から遠慮願いたいその申し出を拒絶することは動かない身体では到底無理なことだった。











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