好き好き大好き愛してる!! 前






 子供心に、よくもまぁ飽きもせず毎回同じお土産を買ってくるものだと思ったような記憶はある。
 それくらい自分が子供のころによく遊んだ玩具と言えばテレビゲームやパソコンのような電子機器ではなく、床の上に座りピースを一つ一つ当てはめていくパズルだった。
 土産だけでなく、クリスマスプレゼントも誕生日プレゼントも一時期はそればかりだったような気がする。というのも、俺がその贈られたパズルを真剣に形にしていく姿を両親がよく見ていたからだと思うけどさ。
 両親は日本に帰ってきたと思ったらまたすぐ海外に行くような生活をしていた。さすがに妹たちが産まれたときはしばらく日本にいたけど、それまではずっとだ。だから俺は彼らが帰ってきたときに渡されたプレゼントをすぐ紐解き熱中していた。そうなると、ああこの子はこのおもちゃが好きなんだと思いこんでまた買ってくるという心理はわからないでもない。解いたころにはもう日本を発っていた人たちだからね。
 彼らが買ってくるパズルというのも小学校の低学年の子供がするにしてはピース数の多いものばかりだった。そんなものばかりやってると俺が計算高いガキになるのも無理はないような気はするけど、だからと言ってパズルで遊ばなければこうはならなかったのかと問われたらそれも首を傾げたくなる事実なので、俺という人間はどんな育ち方をしていてもこうなっていたんだろうなぁとは思う。両親に製造責任なんか求めないさ。
 ピース数の多いパズルの何よりの醍醐味は最後の欠片を嵌める瞬間だった。カチリとそこに収まり、一つの絵を見せる瞬間の高揚感は筆舌に尽くしがたい。それまでの苦労なんてこの達成感を得られるのなら大した苦労じゃないと思えるくらいに。
 だけどその遊びも妹たちが物心つく頃にはしなくなった。何で幼児って自分の手の届く範囲にあるものは何でも口に入れたがるんだろうね。俺がリビングでせっせとパズルをしているとやってきては勝手にピースを手に取り、まじまじと見つめてから口に放り込むもんだから俺が落ち着いてできなくなっても仕方ない。
 舞流を注意すればその隙に九瑠璃が、九瑠璃を注意すれば舞流がという具合にコンビネーションを繰り広げるあいつらと戦う無駄な気力を使おうなんてそれこそ頭の回転の早い子供だった俺は思わなかった。
 そうやって俺はパズルに熱中していた幼少時代を(半ば強制的に)卒業したわけだ。ただときどき思うのは、あのままパズルに熱中していたほうが今のような『反吐が出る』と描写される類のことはやらかさなかったんじゃないかなということだ。思うだけで実際そうかというと、仮定の話だから真実は闇の中としか言えないけどさ。
 幼心に感じたあの充実感はいくつになっても忘れられなかった。例えば学校のテストで満点をとっても、美術やら書道やらで賞をとってもあのパズルの最後のピースを嵌め込んだ瞬間ほど満たされることがない。
 子供のときにあまりいい経験をするものじゃないね。その後の人生が無味乾燥な物になってしまう。子供が産まれたらぜひそのあたりを考えて子育てをすることにしよう。しばらくそんな予定ないけどさ(そもそも俺の子供なんか想像できないと中学時代からの友人には言われるけど)(無論それはそっくり同じ言葉を返したいが、あいつの父親を見てる限りどんな人間でも親にはなれるらしい)。
 なんとかしてあのときに得たものと同じ満足感を得ることができないだろうかと足掻きながらも、ふと気がついた。
 他の人間はどうしているんだろうか。
 こんな風に面白みのない世の中に満足しているものなんだろうか。
 そんな発想があったからこそ人間観察なんていう悪趣味で何よりも楽しいものに手を出してしまうようになったわけだ。だけど正解だったね。じっくり他人を観察してみると、人の人生っていうのはパズルよりも難解で興味深い。刻一刻と形を変えていくものを自分好みに作り上げ、最後のピースを嵌め込んだ瞬間に壊してしまうあの醍醐味はやってみないとわからないと思うよ。昔作り上げたパズル達も額縁なんかにいれずに、出来上がったら崩してしまえば良かった、と後になって何度か思ったものだ。
 パズルと人が違うところは人の方が多様性に富んでいるところだ。ま、平面で作り上げていくものと(3Dパズルなんてものもあるけどさ)人間を比べること自体ナンセンスだけどさ。そんな複雑さがあるからこそ、時に簡単には解かせてくれないものがあるからこそ俺は人が愛しいと思うのだし。
 帝人君はその中でもとびっきり解くのが楽しいものの一つだった。パズルっていうのは仕上がりの絵がないものほど形にするのが難しい。予測がつけられないからね。
 当の本人を見るまで……いや、見た後でも俺はずっと竜ヶ峰帝人という人間を計りかねていた。おそらくこういう人間だろう、と今までの人生で培った観察眼で見つめながらもこの子がどう動くのかが予測がつかない。ダラーズの集会のときなんか最たる例だね。まさかああいうやり方をしてくるとは思わなかった。見かけや口調だけなら押しに弱そうな典型的な優等生にしか見えないのに、あんな牙の剥き方をするなんて。いやはや俺もまだまだ人を見る目が甘いと思い知らされたものだ。そしてそれは今でも思っている。
「…………」
 仕事用に使っているパソコンのモニターに表示されている文字は上から名前、住所、本籍地、電話番号に携帯の番号、メールアドレスや出身校といったどこででもわかるような情報ばかりだ。
 ここに付け加えるとしたらダラーズの創始者で、元黄巾賊将軍の幼なじみ。罪歌を身に宿す少女へ恋愛感情を募らせ、首無しライダーとも交流があると言ったところか。あとは新宿の情報屋とチャット友達でもある、とか。
 形に残るものとして記す情報でもないけど、俺がわかる範囲ではその程度だった。
 頭の中に浮かぶ情報とモニター画面のデータを見ながらため息が零れる。
「だけど絶対それだけじゃないと思うんだよねぇ……」
 帝人君とは時折街で会うことがある。なんとなく声をかけることは数回会ったし、甘楽としてチャットで会話した事は彼が池袋に来てからもう数え切れないくらいしている。
 今までずっとこの子の最後のピースが上手くはまらないのは実際に会ったことがないからだと思っていた。全て俺の予想の範囲でしかこの子のことを考えることができず、だから完成形が見えてこないのだと。だからあの、首無しライダーと共にあの子の家に訪れたときにはこれで空いていた場所にピースが埋まったと、後はどうやって劇的に壊していこうかと考えるだけでいいと思ったのにどうもおかしい。何かが足りない。何かって何だと聞かれても困る。ただ言えるのは、俺の感……そう、情報屋としての俺の感がまだこれはピースが足りていないと告げていた。ダラーズの集会があったあの日にある程度形は見えていたはずなのに、気付けばそれはただパズルの一部分が出来上がったに過ぎなかったとわかったようなこの感覚。
 最初はそれなら情報を集めてやればいいと思った。金を出せば簡単に集まるものは簡単だったし、人の口にしか上らないような噂話(あの子に思いを寄せていた人間から見た評価だとか、空気だとしか感じていない人間から見たあの子のことだとか)まで全部だ。そこまで調べたのに何かしっくりこない。普通はここまでしたらある程度、法則性が見えてくるはずなのに。パズルで言うなら、たぶんこういう形に仕上がるんだろうなという予想図みたいなものだ。だけどそれすらわからないって何だよ。
 こうなってくると情報屋を生業としている俺だって意地になってくる。なんとしてもこの子が持っているであろう秘密を知りたい。俺がこれだけ気になっているんだから絶対に何かあるはずだ。そうじゃないとこれだけ気になるわけがないんだから。
 そう思ってこの子の部屋に隠しカメラと盗聴器を仕掛けた。家賃の安さだけで選んだ安普請のアパートは鍵がなくても針金一本で簡単にドアが開く。あまりに物がなくて機材をしかける場所を選ぶのに苦労したけど、そこはそれ、経験の豊富さでカバーと言ったところかな。簡単には見つからないよう仕掛けて家を出るときにも丁寧に鍵をかけた。罪悪感なんて感じない。だってこんなことを俺にさせるくらい気になるような隠し事をしているであろう帝人君が悪い。この子の秘密がわかれば外してあげればいいことだしね。
 私生活までチェックしたらさすがに全部わかるはずだろ、とタカをくくっていた俺を嘲笑うように家の中にいる帝人君はあまりに普通だった。帰ってきたらキッチンで手を洗い、制服から私服に着替えて電源をいれたパソコンの前に座る。しばらくすると外食しに行ったり、晩ご飯の買い物(レトルトか冷食ばっかりだ)に行ったりして、その後にまたパソコンをちょっと触ってから近所の銭湯に向かう準備をする。帰ってきたらやっぱりパソコンだ。ネサフが主だけど時々テレビを見てることもあるし(あれってテレビチューナー内蔵タイプだったんだ)日によってはチャットに顔を覗かせることもある。
 平日なら日付が変わるころには電源を落として布団に潜り込むからそこで観察は終了。休日でも布団に入る時間が違うだけで後は概ね変わらない。
 最初の頃は何をしてくれるだろうと胸を弾ませながら見ていたのにあまりに普通で拍子抜けだ。
 絶対に何かあるはずなのに、そうじゃないと俺がここまで気になる理由がないはずなのにそれを見せないこの子が気になってしょうがない。
 椅子にもたれかかり、ふ、と息を吐き出して壁面の時計を見てからマウスを操作する。モニター画面が帝人君のデータ表示から少し解像度の荒い動画に切り替わった。狭い四畳半。今映っているのは古い畳と、それと対極にあるような最新版のデスクトップパソコン。
 まだちょっと早かったかな、と思っているとがちゃりと鍵を開ける音がスピーカーから聞こえたのでヘッドフォンに切り替える。
『ただいまー……』
 一人暮らしだと言うのに律儀に挨拶をする姿に苦笑する。
「おかえり、帝人君」
 聞こえるわけもないがモニター画面に向かってそう囁いた。ここに波江さんがいたら頭は大丈夫かという憐れみのこもった目を向けられるだろうけど、幸い今日は彼女に外での仕事をお願いしてある。そのまま直帰していいよと言ってあるから早々に仕事を終わらせて学校帰りの愛しい弟君の生活を見守っていることだろう。
 画面の向こうの彼はやっぱりいつも通りに鞄を部屋の隅に置くと服を着替え始めた。寒い、と独り言を呟く姿を眺める。暖房器具が湯たんぽだけの部屋ならそれは寒かろう。ストーブやヒーターとまでは言わないけど、せめて半畳分程度のものでもいいからホットカーペットでも買えばいいのに。そんなお金があれば別のことに回したいんだろうけどさ。
 帝人君はありきたりな高校生らしく放課後や休日は遊びに出かけることが多い。クラスメイトとどこかに行くこともあるらしいが、大半は幼なじみと、共にクラス委員長をしている少女のようだ。奥手のこの子から女の子を誘えるわけもなく、紀田君が二人を巻き込んで遊びに行ってるって感じかな。つぶれてしまったとは言え一つのチームのリーダーをしていたくらいだ、あの少年は軽薄な態度とは裏腹に面倒見がいい。そこを俺に利用されたわけだけど。
 紀田君は時折ふらりと帝人君の家に泊まることがある。突然かかってきた電話に、はいはい、好きにしたら? と生返事をしていた帝人君を見守っていたらいきなり大声で、はぁ?! と叫び、次の瞬間には狭い部屋にノックの音が響いていた、なんてことは俺がこの子を見守るようになってからも何度もあった。
 俺からは帝人君側の様子しかわからないから推測することしかできないけど、たぶん紀田君が電話で泊まりに行っていいかと尋ね、それに好きにしたらだとか、断ってもどうせ来るんだろ的な適当なはいはいという相づちを返したんだろう。そう言われることがわかっていた紀田君は帝人君の家に向かいながら電話をかけていたわけだ。大声で叫んだときに言われた言葉は来ちゃった、とかそういう語尾にハートマークでも付きそうな、かわいらしい少女がすれば様になるような台詞だったに違いない。ドアを開けた帝人君がそんな茶化したような言葉に冷たく突っ込むのなんていつものことだ。彼らのように気の置けない間柄ならそんな応酬日常茶飯事なのだからおかしいところなんて何もない。ないはずなのに、妙に気になった。
 何もない部屋を相変わらずだなぁ帝人、なんて評価しながらレトルトの晩ご飯を一緒に食べ、銭湯で身体を温めて一つの布団にぎゃあぎゃあ言いながら潜り込む。高校生ともなるとそう体格の変わらない同性なんかと同衾したくないもんなんじゃないのと言いたいが、幼なじみである彼らにとってはそう気になることでもないんだろう。きっと子供の時はよく二人で昼寝だ泊まりだなんだと同じ布団で寝ていたことがあったに違いない。
 いくらでも彼らの行動に納得のいく理由はつけられる。つけられるのに、どうも胸の中に引っかかりを感じていた。その感じる引っかかりは明確な形にならず気持ち悪い。
 それもこれも帝人君が俺をこんな風に気にかけさせるような変な秘密を持っているせいだ。もしかしたら紀田君ならそれを知っているのかもしれないな、なんて仲睦まじくしている姿を見ながら一瞬考えたこともあったがすぐに否定した。過去を隠そうと、なかったことにしようと必死になって足掻いている紀田君が帝人君の秘密に気づけるほど余裕があるとは思えない。そもそも、人間観察が趣味で情報屋なんて仕事をしている俺ですら『何かある』くらいしかわからないのに自分のことで必死な紀田君にわかってたまるか。
 そんなことを思いながらぼんやりと眺めていたモニターの向こうでは着替え終えた帝人君がパソコンを操作している。隠しカメラの映像は部屋全体を映す物だから帝人君が何を見ているのか正確にはわからないけど、色合いから言ってダラーズの掲示板かな。携帯からもこまめにチェックしているのに熱心なことだ。その姿を見ながら大きなため息を一つ零す。この様子だときっと今日もいつも通りに過ごすに違いない。この子の抱えている秘密が暴露されるのは一体いつのことになるのやら。
 情報屋を自負している俺にとって調べてもわからない、ということは相当なストレスだ。最近苛々することも多い。それで仕事に支障を来すほど馬鹿じゃないけどさ。ストレス発散に池袋でシズちゃんをからかったりすることもあるし。ときどきストレスを増幅させられることもあるけど。あーもー早くシズちゃん死ねばいいのに。
 天敵の顔を思い浮かべてしまったことに眉間に皺を寄せ、頭からヘッドフォンを外しくるりと椅子を半回転させた。眼下に広がるのはきらびやかなネオンだ。この光の数以上に人間がいて様々な人生を送っているのだと思うとひどくこの光景が美しく思える。愛しいそれらを足蹴にするように窓に足を押しつけた。
 調べてもわからないのなら本人に聞けばいい。それはどんな人間でも思いつくことだし、実際一番有効な手段だ。帝人君が真実を言うかどうかはわからないけど、もしかしたら納得のいく答えをくれるかもしれないし、何かのヒントが転がってくるかもしれない。
 そう思って聞いてはみたんだ。一番最初はチャットで。甘楽として冗談めかしながら、もう一人のチャット仲間のいる前で『太郎さんに秘密はないんですか?』と。
 あのメンバーだからこそ聞ける気軽なやりとりに返ってきたのはやはり軽い言葉で、甘楽さんは何を期待しているんですかと笑いマーク混じりのものだった。何を期待って、それを知りたいから聞いてるのに。
 二回目は内緒モードで聞いてみた。何かおもしろい秘密でも持ってるんじゃないかと思うんだけど、と飛ばした文字に返ってきた言葉は簡素なものだ。
『折原さんみたいにたくさん持ってませんよ』
 俺みたいにって何、と聞くよりも先に田中太郎はログアウトしてしまったからそれ以上追求することもできず、そうなると直接本人に聞くしかない。ただの高校生である帝人君と出会うのはそう難しくないが、紀田君が隣にいないときとなると通学路で一人別れたときくらいだ。
 それを見計らって現れた俺に帝人君は青みがかった黒い目を丸くし、折原さん、と不思議そうに名前を呼んだ。
 この子の口から紡がれる自分の名前に妙な気分になる。というのも、何だろうね。この子は俺が人を愛しているように非日常を愛でているらしく、どうやら俺もそのカテゴリーの一部らしい。自分が愛すべき非日常に声をかけられたら自然と浮かれた気分にもなるものだろう。それが声に滲み出ていてなんとも笑いたくなる。
 君が非日常だと思えるくらい、別世界の人間だと思えるほどの手腕を持つ情報屋さんにもわからない秘密を君は持っているでしょう?
 適当にオブラートに包んだ言葉でそういったことを尋ねてみたが帝人君の答えは眉間に皺を寄せることだった。
「あの、チャットでも聞かれましたけど別に僕は何も隠してませんよ? ……誰かと間違えてるとか、何か勘違いしてるんじゃないですか?」
 勘違い? そんなわけあるか。そもそもこれは種々の情報から推論されたから聞いているのではなく、俺の勘が訴えてるものだ。だから絶対に帝人君に何かあるはずなのに。
 本当になにもないの、ありません、という問答をしばらく続けたが帝人君は口を割らなかった。だけど問いを重ねるごとに眉間に皺を寄せていた顔はどんどん眉尻を下げ、ぎゅ、とまるで縋るように鞄の紐を握るようになった。
 見ようによっては繰り返される無駄な質問に困りきっているように見えたかもしれない。だけどこの子はそんな脆弱な子供ではなく、本当に無意味な問答を繰り返されたらちくりと嫌味くらいは返してくる子だ。それをせずにどんどん追いつめられたかのような顔をして、最終的に逃げるみたいに俺の前から走り去っていったから、絶対にあの子には何かある、はずだ。
「その何かがわからないんだよねー……」
 本人が口を割らないんならやっぱり自分で調べるしかない。ないわけだけど、どこにも糸口が見つからないこの状況をどうしたものか。
 普通は二週間も生活を監視してれば何かしら見えてくるはずなんだよ。それがまったくないってどういうことなんだ。俺の見立て違いだろうかと思ったこともあったけど、街中で帝人君を見つけると俺の勘は正しいとわかる。あの子に何かもないならこんなに気になるはずがない。
 肺の空気を押し出すようにため息を零し、窓を蹴って椅子を半回転させる。モニター画面の向こうで帝人君はマウスではなく携帯を握っていた。顔はパソコンを向いているから見えない。誰と話しているのかな、と思ってヘッドフォンをつけようとした瞬間、くるりと帝人君は振り向いた。
 視線は当たり前だけどカメラには向かっていない。ただなんとなく目を余所に向けただけだろう。その先がたまたまこちら側だっただけだ。
 帝人君はとても楽しそうに笑っていた。電話の相手が誰かはわからないし、ヘッドフォンをつけていないから声が聞こえなくて会話の内容も推測できない。だけどただただ画面の向こう側で帝人君は笑う。
 それは友人と談笑している姿そのものだ。きっとおもしろおかしい話でも聞かされたのだろう。平凡な男子高校生の日常そのもので、だからこそひどく俺を苛立たせた。
 ここまで俺がしてるのにいつも通りに過ごすこの子が気に入らない。気に入らないのならもうこのまま画面を閉じてしまえばいいのだろうけど、それもできなかった。
「…………」
 いっそもう、脅してでも口を割らせてみようか。そうしたら俺の懸念はなくなってこんな苛立ちを胸に抱えることもなくなるに違いない。腕力に訴えることは簡単だし、裏社会でありがちな変なクスリを使うという手もある。
 思いついたそれらに手を出したくなる衝動をぐっと堪えるように眉間を抑える。
 もし彼が何の力もない子供だったら迷わずにそうしていた。だけど帝人君はダラーズの創始者だ。今後使い物にならなくなってしまったら楽しめなくなってしまう。
「発展途中に潰すのは趣味じゃないんだよね」
 パズルはきちんと作り上げないと意味が無い。完成されたものを壊すから楽しいんだ。作り上げるためにせっせと火種だって仕込んでるのに、それを無に帰すようなことはしたくない。
 じゃあどうしたらいいのかとヘッドフォンを片手でいじりながら、モニターからは目を離さないまま思考を巡らせる。
 この子が頑なに秘密を守れる理由は何か。単純だ、俺が何一つとして手がかりを持っていないからだ。じゃあその見つけることができない手がかりを本人に落とさせるにはどうしたらいいか。
 本人の隙を誘発してやればいい。
「…………ま、そろそろ潮時だしね」
 ぽつりと独り言を呟き、デスクの中からUSBメモリを取りだしてパソコンに差し込む。その中に今まで保存していた帝人君の動画や盗聴していた音声を全て移した。もちろん今使っているパソコンにバックアップはとってある。交渉するなら当然これくらいはしておかないとね。
 帝人君には揺さぶりをかけてみることにしよう。これだけ俺は君の生活を監視していたんだから、隠そうとしても無駄だよとブラフをぶつけてみたら少しはこの膠着状態から発展するに違いない。上手くいけば勝手に帝人君本人がべらべらと情報をしゃべってくれる可能性もあるしね。しゃべらせるようにするのは俺の話術の見せ所かな。正直なところ、こうやって監視カメラを見ているより本人に会って口を滑らせるよう誘導するほうが俺としてもやってて楽しいし。
「楽しくないと、ねえ?」
 モニターの向こう側で笑みを浮かべる帝人君を人差し指でつつく。今彼が話している内容も全て第三者である俺に聞かれていると知ったら怒るだろうか。怒るなら怒ればいいさ。感情を剥き出しにしたときのほうがミスをしやすいものなんだから。
 俺のことを警戒するようになるかもしれないけど、それもこの際仕方ない。信頼できる街の情報屋さんでいてあげたかったのにそうさせてくれなかったのは帝人君だ。
 USBメモリにデータを移し終えたのと同時くらいに帝人君は携帯電話から顔を離した。その頬が少し紅潮しているのはよほど楽しかったからだろう。その顔を見つめながら、いくつかある携帯の内から一つ選び電話番号を押していく。
 十二桁の番号の最後の一つを押し終えると少しのタイムラグを置いて帝人君の手の中の携帯が着信を告げた。そこに表示されているであろう番号は彼の知らないものだ。戸惑うようにじっと携帯を見つめた後、そっと彼が携帯のボタンを押し耳に押し当てる。
『もしもし……?』
「やぁ、こんばんは。竜ヶ峰帝人君』
 朗らかに聞こえるような声音で獲物を罠へと誘い込んだ。











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