恋でも始めてみましょうか 前
実情はどうであれ、恋人という名目で隣においている人間と密室に二人きりであればすることは決まっていると思う。ソファに腰掛け少ししゃべってから、ふと会話が止まった瞬間に顔を近づけ無言でキスをねだったときに嫌がらずに目を閉じるんなら、そこから先どうされたって文句は言えないと思うんだよね。実際帝人君が今まで俺とのセックスを口に出して明確に拒絶したことは一度もない。
でも行動では如実に表していた。舌をつっこんだキスまでは気持ちよさそうな顔しているくせに、身体に触れて、時間をかけて慣らして、痛みなんか感じさせないようにしてから中に突っ込んで出すまでそれはもうひどい有様だ。ぎゅうと唇を噛みしめたまま両手なんかシーツ握ってぶるぶる震えてさ。特に挿れる直前の眉間に皺を寄せた顔なんてさばかれる前の鶏みたいだ。いや見たことないし、家畜みたいに断末魔あげたりなんかしないけど(そんなの聞かされた日には確実に萎えることは想像に難くない)。
何度も言うけどこの行為に関してはお互いの合意の上だ。俺だって嫌がる人間に無理矢理したいなんて思わない。だって考えてみろよ。ただやりたいだけなら肉付きのうっすい、抱きしめても柔らかくもなんともない身体を丁寧に緊張がほぐれるように気を遣って抱くよりも、そこらへんのそういう仕事をしてる人間を相手にしたほうが断然楽だ。
そんな手間暇かけてまでこの子としたいのかって聞かれたら、ええと、まあ、うん。そういうことにしておいたほうが楽だからいつもの笑みで、当たり前じゃないか、恋人以外とするなんて不誠実だよね、と言ってやってもかまわない。本音? 決まってるだろ。一般的男子高校生が夢見る恋人同士の戯れに付き合ってあげてるの。無駄に好奇心が旺盛な帝人君は下手に目を離すと、覚えたてのこの行為を誰かに誘われでもしたら簡単にしちゃいそうなところもあるし。名ばかりとは言え恋人が他人と触れあうのが嫌というよりは、こっちがままごと恋愛に付き合ってやってるのにふらふら遊ばれちゃいい気分がしないというだけだ。
形だけの恋人という扱いをしてる時点でそういうことを言う権利はないかもしれない。だけどさぁ、こっちからそういう関係になろうって誘ったわけじゃないんだからしょうがないと思う。
街中で話しかけたときに頬を染めて、あんな目を向けられたらどれだけ鈍くても気づくに決まってる。目は口ほどにものを言うっていうけど、帝人君の瞳は雄弁に俺に焦がれていることを訴えていた。それに人間観察が趣味の無敵で素敵な情報屋さんである俺が気づかないわけがない。
最初は何考えてんのかな、この子、とその感情に興味が沸いた。ただの憧れと恋愛感情がごっちゃになってるんならどこまですれば自分の感情に気づくだろうかと楽しくなって、そのまままぁ、致してしまったわけだ。つまりよくある恋愛ドラマのような告白なんていう段階は踏んでいない。
初めてした後にずっと好きだったんです嬉しい、なんてありきたりな言葉でもぶちかましてくれれば俺だって笑顔で『興味本位だったよ、楽しかったね』と引導を渡してやれた。それなのに帝人君てば朝起きた瞬間に俺の顔を見るなりもう、すっごい後悔してますって見てるこっちが憐れみたくなるような顔をしたもんだからそれがダメだった。え、何それ、普通好きな人としたら幸せの絶頂にいますみたいな顔しない? ていうかさ、別に俺騙して君としたわけじゃないんだけど何その顔、という心境を隠しもせず顔に浮かべてやるとあの子は下を向いて、すみませんと小さく呟いた。
「あの……ええと……」
必死で言葉を探しているようだったけど、結局細い息を吐いた彼はもそもそとベッドの下に散らばった服を拾い上げ、身支度を調えると黙ってそれを見ていた俺にぺこりと頭を下げてからまっすぐに俺を見るとこう言った。
「ありがとうございました」
そのお礼、一体何の礼だよ。ご利用ありがとうございましたみたいな? え、いつの間にそんな職業してたの君、と目を瞬かせた俺に苦笑を浮かべた後にすたすたと帝人君は玄関から消えていった。
あの子が予想外のことをしでかすということはよくよくわかっていたし、たぶんこの街で一番俺が理解していると思っていたけどあまりに想定外すぎて首を傾げてしまった。しまったけど、追いかけようとは思わなかった。また池袋で会ったときにでも話しかけて徐々にあのときの真意を引き出してやろうくらいに考えていた。
だからまた見かけたときに、やあ帝人君、と声をかけたんだ。いつものように、学校帰りらしい一人で歩く彼の肩を後ろからポンと叩いた。振り向いた彼はちょっと驚きながらも俺の名前を呼んで照れたような笑みを見せてくれる、はずだった。
「……臨也さん?」
そのときの帝人君の顔はこれがチュパカブラだよと見せられた人間のそれだった。なんで俺がUMAを見るような目で見られてんの。まあ、池袋には天敵がいるから俺がいるのは珍しいのかもしれないけどさ、でも今までにも何度か会ってるじゃないか。
相手の表情の意図が読めないというのは新鮮かもしれないと思いながらも笑顔を浮かべて、何? と問い返した。ちょっと次の反応が楽しみだ。
「あ、いえ……」
両手で斜めがけにした鞄の紐を握りしめるその姿はまさに未知の生命体に備えているみたいで、俺は内心でさらに首を傾げてしまった。何かあったんだろうか。
「何か、用でしょうか?」
そろりと視線をそらしながら弱い声で尋ねてきた帝人君を目を細めて見つめる。こんな聞き方をしてきたのも初めてだ。何か用でしょうか、と同じ言葉は言っていたけれどついこの間までは目をきらきらと輝かせていた。
一体どんな心境の変化があったんだろうか。例えばセックスをしてしまって気まずいのなら頬を染めているだろうに、今の彼の顔は青ざめていると表現してもいいような表情だ。何か俺に隠し事でもあるのならさっさと会話を断ち切って俺の目の前から去ればいいだろうし(そもそも隠し事をしちゃいけないような間柄でもないけどね、俺たち)、もしかしてやってみて思っていたものと違ったから俺の顔を見たくもなかったとか? それが真実だとしたらえらく失礼な話だけど、それにしては彼の行動がおかしい。行動というよりも、雰囲気かな。なんとか俺から視線を背けようというよりも、できれば俺の視界に入りたくないというような目のそらし方。そこに浮かぶのは嫌悪感ではなく怯えのようなものだった。小動物が捕食されるときと少し似ているその表情を見ているとじんわりと唇の端が持ち上がってしまう。
「ねぇ、ちょっと付き合ってくれる?」
すっと腕を掴んで歩き出すと、帝人君は驚いたような声はあげたが振り払うことはなかった。うん、やっぱり俺が嫌になったというわけではなさそうだ。それならどうしてこんなに露骨に態度を変えてきたのか。俺に引きずられるように後ろを歩いている帝人君を見ると下を向いたままだ。その耳元は赤く染まっていた。
その場に誰もいなかったら大声で笑い出していたかもしれない。ああそうか、この子本気で俺が好きなんだ。だからこそ俺の人間性を理解していて、あのときのセックスは手切れ金代わりだと思っていたのだろう。そうだね、帝人君がもっとありきたりな反応をしてくれていたらそうなっていたのに。
もう話しかけてこないだろうと思っていた俺に声をかけられたからあんなに驚いていたのかと思うと、なかなか俺のあれなところがわかっているこの子にさらに興味がわいた。もう少し付き合ってやってもいいかなと思うくらいには。
そうやって見かけたら声をかけ、気が向けばご飯をおごったり俺の家に呼んだりを繰り返す内に帝人君は小動物じみた顔をしなくなった。代わりに浮かべるようになったのは諦観とも言えるもので、いつこれが終わってもしょうがないくらいの覚悟のようなものを感じさせた。終わらせるのは自分ではなく俺の手だと思っているあたりが本当に、なんというか、いじらしいとでもいうのかな。ちょっとほだされかけていたのかもしれない。
だからこそ身体をつなげる度に死にそうな顔をされることが気に入らなかった。今日だってそうだ。俺の家に来たってことはそういうことになる可能性があることくらいわかっていただろうし(寝室に呼ぶのにそれ以外の理由なんかあるわけない)、服を脱がせるときだって抵抗しなかった。むしろ自分で協力してくるくらいだ。上からシャツのボタンをはずす俺に応えるように下から自分ではずすってことはそういうことじゃないか。ズボンだって脱がせるときには自分から腰を上げるくせに、何でこんな眉をひそめた顔をするんだろうね、この子。
もしかして帝人君の感じてる顔ってこんなもんなのかなぁって考えたこともあったけど、でもキスするときはとろけた顔するんだよね。してる間は目を閉じてるけど、口を離したらうっすら目を開けて、それがまた涙目だったりして、少し開いた口からのぞく妙に赤い舌がこの子の童顔と相まって妙な雰囲気を醸し出す。
その顔を知っているだけに今のこの屠殺される直前の家畜のような表情を浮かべられることに納得がいかない。
こっちの苦労とか知ってる? と問いかけたくなる。
「…………」
ため息を吐き出しそうになって寸前でこらえた。最中にそんなことをすればなんだかんだでプライドの高いこの子がひどく気にするだろうことはわかっていたし、それで拗ねられても後が面倒だ。というか、自分がこんな顔を浮かべている自覚がもしかしたらないのかもしれない。
今度鏡の前でやってみようかなと思いながらも横たわっていた帝人君の上半身を引っ張って起こし、目の前に手を差し出した。
「舐めて」
突然差し出された手に瞬きを繰り返す彼に一言そう言うと、え、と不審そうな声が返ってきた。いつもならローションを使って慣らしてるけど、君がそういう顔するならちょっとは協力してこちらの手間をわかってもらわないとねと思った上での行動だ。
「舐めてって、むぐっ」
何か言おうとした口に半ば強引に中指を突っ込む。前歯が当たって痛かったけどすぐに帝人君は受け入れるために大きく口を開けた。それに気を良くしながら褒めるように舌を緩い力で撫でてやる。
「んっ……ふ、うっ……」
舐めやすいようにか帝人君は俺の手を両手で掴んできた。口の中に含んだ中指をちゅ、ちゅと音をたてて吸ったり、指の腹を押し返すように舌で触れてくる。人差し指で唇を撫でてるとそれも口の中に受け入れた。
生暖かい舌が這い回る感触は心地いい。だけどそれよりも粘着質な音をたてながら必死になって指を舐める表情に目がいった。
さっきまでの顔とうって変わってその目はとろりとしていた。歯をたてないように大きく口をあけ、そのせいで涎が唇の端から垂れているのに、それを空いている手でぬぐいながらも懸命に指をしゃぶるその姿は、なんというか、うん。かなりくるものがあるかな。
帝人君ってもしかしてすごく口内が感じるタイプなんだろうか。
含まれている人差し指と中指で彼の舌を緩い力で挟むと、ん、と甘えたような鼻にかかった声が耳に入る。
目線はずっと俺ではなく、俺の手を見ているから顔は下向きだ。伏し目がちなその表情にこくり、と無意識に喉がなった。
「……ねぇ」
「? はい?」
口からいったん指を取り戻し声をかける。唇が自身の涎のせいでべたべたと濡れて潤んでいた。その口に音をたててキスをすると、恥じらうように顔が下がったのでそれを許さずに顎を掴み顔を持ち上げてやる。
「あのさ、こっちも舐めてくれない?」
「……へ?」
いつもの笑みを浮かべたままそう下半身を指さした俺に帝人君はポカン、とした顔を見せた。さっきまであんなに色気を垂れ流した顔をしていたのにそれをどこに隠したのかと言いたくなるような間抜けな顔だ。でもまぁ、そんな顔も別に嫌いじゃない。
「こっちって、え……と、そっち、ですか?」
指示語を呟く彼に、そうそっち、と微笑みながら告げる。
お互い手で触りあったり、帝人君の中に突っ込むといったことは何度もしてるけれどフェラはしたことがない。理由は特にないんだけどね。ただなんとなく俺からは言わなかったし、俺が初めての相手だったこの子が自分からしたいと言うことももちろんなかった。
「え……えぇ……」
「あははは! そんな露骨に嫌そうな顔、する?」
へにゃ、と眉尻を下げて不満を訴える声をあげるのは予想の範囲内だ。俺に惚れてはいるんだろうけど、他人の性器、しかも同性のものなんて好んで口にするようなもんじゃない。まぁ無理だろうなとは思ったんだ。ただ指をしゃぶる姿を見てうっかり口が滑ってしまったんだけどそれは言わないでおこう。
「嫌っていうか、その……」
オーラルセックスが愛の証だなんて薄ら寒いことを言うつもりはない。俺だってできるのかと聞かれれば答えはノーだ。……でもまぁ、帝人君があの殺されそうな顔をやめるんだったら考えてやってもいいけどね。
「冗談だよ」
言いながら再度口の中に指を突っ込んでやった。むぐ、とうめき声が聞こえたような気がしたし、恨みがましそうな目と視線が合ったような気もするけど気のせいにしておこう。
帝人君はしばらく胡乱な目で俺を見ていたけど歯茎を撫でる俺の指に少し目をすがめ、それからさっきと同じように舌での愛撫を再開させた。そう、これって愛撫なんだよね。もしこれを俺のにしてくれたら気持ちいいだろうなぁと思うのはこの子のテクニックというより、表情によるところが大きい。だって帝人君がしてるのってただ舐めてしゃぶってるだけだし。
最中もこういう顔してくれたらいいのに、と思いながら口から指を引き抜く。濡れた口周りを気にする彼をベッドに押し倒していつものように後孔に指を押しつけると、またあの顔をされた。
ぎゅっと命綱のようにシーツを掴む帝人君の身体に無理はさせない程度の速度でゆっくりと中指を中に押し入れる。根本まで押し込んでからほぐすように少し指を動かすと、眉間に思い切り皺を寄せながら帝人君は後頭部をシーツに押しつけた。
「…………」
あんまり気持ちよくないのかなぁと思うのだけど、俺の腹あたりにちゃんと勃起した帝人君のが当たってるんだよね。いつもならもうちょっと萎えてるのが完勃ちってことは舐めてる内に感じてたんだろうか。やっぱりこの子口が性感帯なのかもしれない。それならやっぱりフェラくらいできるようになってもらいたいなぁと思いながら二本目、三本目と押し込んでいく。
前立腺あたりを狙って指の腹で思い切り押してみたり、中でバラバラと動かしてみるけど帝人君は唇を噛んだままだ。眉間に寄った皺を見てるとむしろ痛いんじゃないかと思えてくる。この子が男じゃなかったら途中でやめてるかもしれない(感じてるかどうかがちゃんとわかる器官があるって男同士でする数少ない利点の一つだ)。
「ん、うっ……」
空いてる方の手で如実に快感を示しているそこを握るとふるりと太ももが震えた。一瞬噛み締めていた唇が開いたけどすぐにまた閉じられる。
わざとらしい声は萎えるがまったく声が聞こえないのもおもしろくない。でも声を出せばと言ったところでおとなしく出すような子でもないんだよね。
なんだか作業めいてるなぁというのが素直な感想だ。
後ろから指を引き抜き、ベッドのそばのローテーブルに置いていたローションとゴムを手に取る。指は舐めてくれたから入ったけど、俺のをいれるならこれで濡らしてやらないとスムーズにはいかない。あ、これもうすぐなくなりそうだ。新しいの買っておかないと。でもいつも俺ばっかり用意するのってなんだかなぁ。今度帝人君にゴムとローション買ってきてよって言ってみようかな。どんな顔をするんだろうか。そんなことするくらいならもうやらないって言うだろうか。
「いざや、さ……ん?」
不穏な事を考えていたことがわかったのか、少し荒い息で不安そうに帝人君が俺の名前を呼んだ。その顔を見ていると多少のことがあっても彼からこれをやめるとは言いそうにないなと思う。だったら今度本当に買ってきてって頼んでみよう。基礎化粧品の中にも粘度の高いものとかあるし、そういうのならあんまり恥ずかしがらずに買えるだろう。ゴムはどうかな、でもこの子ならネットで業務用とか購入してくるかもしれない。
「そろそろローションなくなるなーって思ってさ」
ゴムをかぶせた上からたっぷりと液体を垂らしながらそう言うと帝人君が小さく息を飲んだのが聞こえた。今使ってるのは累計何本目だったっけ。この子とするようになってから用意したものだけどそういや本数なんて特に気にしてなかった。どうでもいいし。
「あ、の……」
「んー?」
何か言おうとしている彼に返事をしながら足を開かせ、ぐっと窄まりに自分のものを押し当てる。ローションで滑らかになっているおかげであまり抵抗なく、そのままずるりと先端が入っていった。ちらりと視界の端に入った帝人君のシーツを握りしめている手はたぶん指先白くなってるだろうなというくらい力が入っている。そこまでシーツにすがることもないだろうに。
「どうしたの? 何?」
帝人君の膝に唇を押しつけた後、腰を引き寄せながら尋ねたけど言葉の続きは聞けなかった。いやまぁ、言えないだろうとは思ったけどさ。この子、特に突っ込んでる最中は一言も漏らすまいとばかりに唇噛んでるから。声出したら死ぬのかな。マンドラゴラ? あれは叫び声を聞いたら死ぬんだっけ。
奥までいれてから動きを止め、少し息を落ち着かせながら彼の薄い腹を撫でる。ぴくりと貧弱な腹筋が反応した。そのまま筋をたどるように指を動かしていくと帝人君は俺から視線を逸らして、眉をひそめて横を向いた。時々浅く呼吸をしているのが身体をつなげているからわかるけど、どうにもその姿って食われる直前の小動物だ。
確かに食べてるって表現される行為でもあるけどさぁ、毎回これだといい加減にしろよって言いたくなる。
やっぱり今度鏡の前でやってやろう。こんな顔されてたらいい気分しないからねって物を教えてやるのも年長者の役割だ。ただ今日はもう、このまま殺されると言わんばかりの顔を見ていたくない。
「んっ、あ、う……っ!」
慎重にとも言える緩慢さで上半身を重ね合わせ帝人君の肩口に顔を押しつける。横を向いててちょうどよかった。すん、となんとはなしに匂いをかぐと当たり前だけどこの子の香りがした。
「や、なに……なんです、か……?」
俺の行動に驚いているらしい帝人君にしてる最中の顔を見たくないなんてことはまぁ、言えるわけもなく(事の真っ最中じゃなかったら言ってるかもしれないけど)適当に返事をしながら左手で後頭部を、右手を腰にまわしてぎゅっとより身体を密着させる。ひ、と小さく悲鳴のような嬌声が聞こえその声と共に中が締まった。
「ん……っ」
締め付けられたことで勝手に口から吐息がこぼれる。地味にこの子と俺って身体の相性はいい。腰もあんまり鍛えてないせいで細っこいから抱きしめやすい。
そんなことを考えつつ手に力をこめた途端、そっと何かが俺の背中に触れた。
何かと言ってもここにいるのは俺と帝人君だけだ。俺の両手はこの子を抱きしめるのに使ってるから、つまりこのものすごくソフトな感じに触れてくるのは帝人君の手だろう。何がしたいのかよくわからないが、音に表すならおそるおそると言わんばかりの様子で背中に手が触れる。
「……あのさ」
首もとから顔を上げずに声を出すとパっと背中から手が離れた。本当に一体何がしたいんだこの子。触るなら触るで、そんなこそばすようなやり方はやめてもらいたい。俺はあんまり背中強くないんだから。
「あの、すみま、せ……え?」
またシーツの上に逆戻りした腕をため息と共に拾い上げ、俺の首に回すようにしてから再度さっきと同じ場所に手を戻した。謝るくらいなら最初からちゃんと抱きついておいてね。
「いざやさん……?」
「何?」
聞き返しても帝人君は何も応えず、もぞもぞと俺の首元あたりに顔をうずめるとぐっと手に力をこめてきた。よくわからないが俺の目に入るところにある彼の耳が赤く染まっているので、それをなんとなく舐めると背中に爪をたてられた。痛い。
「帝人君、爪たてないで」
言ってからあれ、と思った。彼は小さな声ですみませんと謝ってきたから、まぁ、とっさに力が入ってしまうくらいは許してやろうとは思うんだけど、今まで何度もセックスしてるはずなのに爪をたてるなと言ったのは初めてな気がする。というか、こうやって抱きしめてやりながら抱くのってもしかしてこれが初めてだろうか。最初のころは後ろからしたほうが楽だからと背中から抱いていたし、最近はまたあんな顔してると思いながら帝人君の顔を眺めつつしていたような気がする。
どうだったかなぁと思い返しながらも腰を動かすと押し殺した微かな声が聞こえた。耳元に彼の口があるから唇を噛んでいてもわかる。
ふと思いついたことを実行するために耳元で、みかどくん、とできるだけ甘く響くように名前を呼んだ。一瞬ぴくりと震えた身体がぎゅ、と中に入っている俺のを締め付ける。
「ね……名前、呼んでみて?」
耳に唇がふれるくらいの至近距離で囁いたせいか、恥じらうように彼の抱きつく力が強くなった。それから本当に小さな小さな声で、臨也さん、と呟く声が聞こえた。それに口の端が上がる。
「もう一回」
「いざやさ、あ……やぁっ、んっ」
名前を呼ぶことをねだりながら身体を揺さぶる。嬌声をあげないようにしても、俺の名前を呼ぶ度に甘い甘い声が混じった。その繰り返し甘えるように呼ばれる名前に知らず喉から笑いがこぼれる。うん、悪くない。これからはするときはこうやって名前を呼ばせよう。そうしたら少なくとも声を殺そうとすることはなくなるだろうし、この子だって出しやすいに違いない。俺って恋人思いだよねぇ。あとはあの眉間の皺さえなくなればこと最中に関しての俺の不満は解消される。それに関してはまぁ、おいおいね。
耳の近くで繰り返しすがるように呼ばれる名前と、ぎゅうぎゅう締め付けてくる中に耐えきれず腰にまわしていた手を前にやり、帝人君のものを擦ってやるとあっけなくとろりとした白濁が溢れた。いつもより早いような気がする。でもそういえばするのはちょっと久しぶりだったかもしれない。
細い吐息を吐き出す彼に引きずられるように吐精するとゴム越しでも俺が出したのがわかったのか、ん、と喘ぎながら帝人君が身じろいだ。
「あ……は、ぁ……っ」
俺が出した後にそういう満足そうに息を吐き出すのはやめてもらいたい。ていうか、そんなことするの初めてじゃない? でもどうせまた眉間に深い皺を刻んでるんだろうなぁと思いながらゆっくりと上半身を起こし、帝人君の中から自分のを引きずり出して彼の顔を見た途端に、あ、やばいと思った。
上気した頬とか、涙で潤んだ目とか。そんなのキスの最中にいくらでも見たことがあったし、どうせならやってる最中にそういう顔をしろよと思っていたけど実際目の当たりにすると破壊力が違った。破壊力とは違うか。ていうか、そんな顔できるんなら最初からしろよ。何で今まであんな嫌そうな顔でやってたのかがわからない。
「臨也さん……」
まじまじと見ている俺の視線に不思議そうに瞬きを繰り返しながらも、帝人君は首に回していた手に力をこめて俺を引き寄せると少し首を傾けた。キスがしたいんだろうなというのはすぐにわかったので請われるままに唇を重ねる。そういえばことの最中にこうやってキスをねだられたのも初めてかもしれない。うーん、何なんだろうね今日は。帝人君いいことでもあった? と聞くのはこれが終わってからにしようと心に決め誘われるままに舌を絡めた。
「臨也さん」
口付けの合間に何度も名前を呼ばれる。さっき呼べって言ったからそれを律儀にこの子は守っているのかもしれない。名を呼ばれるたびに、何、と問い返すこれはいわゆるピロートークみたいなものだろうかとぼんやり考えて気づいた。ああそうか、この子、俺にこうやって反応を返されるのが嬉しくてこんな猫みたいに懐いているのか。
こんな些細なことが嬉しいと全身で表すなんてお手軽だよねとは思うが悪い気はしなかった。
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