2011/06/12 stalementペーパーラリーのペーパー
人間というのは完璧なものより少し欠点があるほうが好きになるらしい。劣等感に苛まれる姿に心が動くとか、自分より劣っている姿をみて安堵感を得るとか、その理由は様々あるそうだ。
でも、だからって。
「僕の姿をこんなのにしなくてもいいのに」
ぶちぶちと文句を呟きながらベストに包まれた胸を撫でる。上から下までほぼ一直線だ。ゆっくりと辿れば僅かな起伏に気づくかもしれない。それくらいささやかなものがいわゆる僕のおっぱいというものだった。ていうかこれをおっぱいっていうのもおこがましいと思うんだよね。わかってる、わかってますよそんなの。でも僕だって好きでこんな体型なわけじゃない。叶うことならボンでキュッでバイーンな体型になりたいさ。ルージュさんや時かけちゃんみたいに!
フィメールモデルのアバター友達二人の姿を脳裏に浮かべ、僕は深い深いため息をついた。どうして特に懇意にしている二人に限ってあんなにすばらしいおっぱいを持っているんだろうか。
パソコン内部でだけしか動き回れない電子プログラムなんだから外見なんかに拘る必要はないと思われるかもしれない。人間にとって僕らの外見なんてそんなものだ。だってモニター上には軽量化のため三等身の姿で表示されるし、その状態なら胸がささやかなのか人並みなのかなんてわかりっこない。
だけど僕にとっては死活問題だった。
「がっくちゃーん!」
明るい声とともに後ろからドン、と衝撃が襲う。学園天国という名前がある僕をこんな風に呼ぶのは一人だけだ。
「……サイケさん」
後ろからぎゅうぎゅうと僕を抱きしめながら後頭部に頬を擦り寄せる彼は、言動は幼いけど外見は目の保養たり得る青年だ。着ている服が若干目に痛いショッキングピンクと白なのに違和感なく着こなせているということで彼の容姿がどれだけずば抜けているかおわかりいただけるだろう。
こんな風に外見と中身にギャップがあるのは彼のマスターが彼を『真っ白』な状態でアバター登録したせいだ。普通は己の分身なのだからできるだけ自分に近い性格になるように調整されるというのに、どうやら彼のマスターはひねくれものらしい。らしいというか、実際壊滅的な性格をしているということは僕のマスターから聞いてるけど。
「がくちゃんにスペシャルニュースだよ!」
後ろから僕の身体をくるりと半回転させむき直させる。にこにこと上機嫌に笑うサイケさんに僕ははぁ、と引きつった笑みしか返せなかった。というのも、彼のスペシャルニュースがいいものか悪いものかいつも判断に困るからだ。いや、判断に困っている時点でいいものではないのは確かなんだけど、彼は彼で僕のことを考えた上で情報を持ってきているので一概に悪報と言えない。そこがやっかいなのだ。
先述したようにアバターという存在は普通マスターに似た性格、外見で作られる。だから私のマスターはおそらく好奇心旺盛で、コンプレックスや自負心の狭間で葛藤する極々一般的な人間なのだろう。たぶん胸も貧弱だ。くそう。そんなところまで似せないでもらいたい。
そしてマスターと似ている僕は昔ぽつりと呟いたことがあった。もう少し肉体的欠点がなければいいのに、と。
当時はまぁ、そのくらいにしか思っていなかった。今のように胸が胸がと悩むことなんかなかったんだ。
悩むようになったきっかけは目の前の、きらきらとした目で話すサイケさんのせいだった。
サイケさんは何故か僕のことをえらく気に入ってくれている。僕自身がサイケさんのことを嫌いになれないのはマスターがサイケさんのマスターを気に入ってるからだろうけど、何の設定もされていない彼が僕のことを好いてくれているというのは正直嬉しい。どこか心が満たされるような気持ちになる。だって好意を持つようにプログラミングされなくても、好きだと思えるくらいには僕に何か魅力があるってことだと思うし。好かれて悪い気分になるわけがない。
ただ彼の好意の表現の仕方は少々、いや、かなりはた迷惑だった。
「うん! あのね、おっぱいって揉んだら大きくなるんだって!」
そんな純粋な顔でその単語を言わないでください。
そう言えたらどんなに楽だろうか。言えるわけがない。だって彼の言葉は、僕の「肉体的欠点がなければ」という問題解決のためだけに紡がれているからだ。
彼曰く、少しでも僕の心の負担を軽くしてあげたいという気持ちで情報収集に勤しんでいるらしい。
初めて言われた胸をおっきくする方法は確か牛乳を飲むだった気がする。どうにも迷信まがいの情報まで持ってきているような気がするが、サイケさんとしてはどんな些細な情報でも、という思いで言ってくれてるんだろう。純粋な好意にめまいがしそうだ。
一度データを集めてくれる彼に、そこまでしなくてもいいですよ、と言ったことがある。それに返ってきた答えは
「どうして?」
だった。
このどうして、にはいろいろ含まれている。胸を大きくする必要がないならどうしてコンプレックスなの、コンプレックスだけどそのままにしておきたいのならそれはどういう考えなの、情報が必要ないのであれば胸を大きくするためのデータを知っているの、それを実践しているの、その結果はどうなの。
もし僕とサイケさんが電子プログラムでなかったらセクハラでしかないこの質問責めは彼が『真っ白』な存在だからに他ならない。『真っ白』であるが故に彼は性格をプログラミングされている存在にとても興味があり、時に効率を無視した行動をとってしまったときなんかにこういった何故何どうしてという自分の知的欲求を満たす質問責めをしてくる。『真っ白』な自分を埋めてしまいたいのかもしれない。こういった僕の発想すら彼にとってはどうしてそう考えるの、と目を輝かせるものになってしまうのだけど。
結局のところ彼のこの頭痛がするような好意の発露を止めるには僕の胸が大きくなるか、彼の質問すべてに答えられるようになるしかなく、それはどちらも難しいことだった。
「はぁ、揉んだら大きくなるんですか……」
胡乱な目でサイケさんの言葉を重複した後に、一応マッサージはしているんですけどね、と返す。
とは言ってもあまり効果はないが。たぶん僕のマスターもあまり成果が出てないだろう。
「自分でしても意味ないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん! 揉まれることで女性ホルモンが分泌されおっきくなるから男の人に揉んでもらうのがいいんだって!」
ああなるほど、じゃあそれマスターに伝えておきますね。マスターにそんな相手がいるのかは知りませんけどと僕が言うよりも早くサイケさんはお陽様のような笑顔でとんでもないことをのたまった。
「だから俺ががくちゃんのおっぱい大きくしてあげる!」
それなんかいろいろ段階すっ飛ばしていませんかと検討違いな(いやあながちそうでもないのかな)つっこみを叫んだのは突然の言葉と彼の行動に驚いたからだ。いきなり胸に触られれば誰だってそうなる。鷲掴みなんてものじゃなく、壊れものにでも触れるような力加減だったから余計に。
ぎゃあと色気のない悲鳴をあげて逃げる僕にサイケさんが下心など見えない純粋な目で、どうして?、と問いかけてきたことは言うまでもなく、それにうまく答えられなかった僕がどういう目に遭ったかなんて思い出したくもない。
終わり