こねこを拾ったはなし
野良猫を拾った。
野外で生活している生き物なんて衛生上よくないし、躾けも手間がかかるとはわかっていた。それを踏まえてでも欲しくなったんだからしょうがないだろ? 一目見た瞬間に思ったんだ。これは俺のものだって。天啓ってやつだよねぇ、もっとドラマティックに言うなら運命とか、一目惚れってやつかな。この年まで生きてきてこんな思いができるとは思わなかったよ。本当に世の中何があるかわからないよね!
動物というのは最初に見た生き物を自分の親として認識するらしい。カルガモの刷り込みなんて有名な話だ。猫もそれに近いものがあるんじゃないかな。だから本来なら、あまり大きくなった子をペットとするのはよくない。トイレの場所を覚え直させないといけないし、食事の仕方も変な癖が出来てしまっているからね。でもまあ、じっくりと礼儀を教えてあげるのも飼い主としての役目だ。粗相をしたら叱って、上手にできたら褒めてやる。そういえば、前にやっていた犬の躾け番組ではあまりペットを怒らない方がいいとか言っていたかな。怒られると萎縮してしまって何もできなくなったり逆に反抗的になったりだとか、なんだとか。俺もせっかく可愛いと思って連れてきた子猫に声をあらげたくないからよっぽどのことがない限り怒鳴るなんてことはしないでおこう。ああでも、大きな声に驚いて、身体を縮こまらせたりする姿はきっととても可愛いだろうなぁ。ちょっと見てみたい。だけどそんなことをして信頼関係が作れなくなったら本末転倒だ。やるとしたら誰か人を雇ってやらせることにしよう。怯えてがたがた震える子猫を怖かったねもう大丈夫だよ、って撫でて慰めてあげるのが飼い主としてのあり方というものだよね。
とはいえ野良猫をただ甘やかすだけというのも、それはそれでペットの飼い方としてあまり褒められたことじゃない。外に出したときにリードを無視して逃げ出したりして、それで家に帰れなくなって警察に、なんて子猫が可哀想じゃないか。それなら心を鬼にして……と言うのは大げさかな。ある程度、最初の内は厳しくするのも愛情というものだ。もちろん、最初から冷たくすると子猫は自分が嫌われているんじゃないかと勘違いしてしまう可能性もある。だから言葉だけは惜しまないようにしよう。愛してるとか、好きだよとか、可愛いねとか、そういった単語を口にするときは声が自然と優しくなるんだって。だから意味がわからなくても敵意はないと相手にもわかるそうだ。
そんな決意を固めて拾ってきた子猫を風呂にいれてやり、丁寧にタオルでぬぐって用意した部屋に連れて行ってあげた。本当は狭いところになんか閉じ込めたくないんだけど子猫のうちはどうしても、ね。怪我をするといけないし。四畳半程度のものしか用意できなかったけど、この子が大きくなったもっと拾い部屋を用意してあげたらいい。
猫って狭いところが好きらしく、ソファの裏側とか、ベッドの隙間とか、そういった場所に入り込んで出られなくなったり首輪が引っかかってしまったりすることもあると聞いたからまだ何も用意はしていない。あ、でも最低限は誂えてあげたけどね。手触りがよくて柔らかい毛布や、常に室温を俺の携帯端末から調整できるエアコン、それに猫用トイレもちゃんとある。
ずっと野良猫だったあの子はその部屋に連れて行った途端に暴れ出した。お風呂場でも散々鳴き声をあげていたんだけど(猫は水が苦手だからそれは覚悟の上だ)、上がるときには俺に身体を預けていたのにその部屋について腕から下ろした途端、すごい勢いで走って部屋の隅っこに行ってしまった。まだタオルで身体を拭いてあげた程度だから髪を乾かしてあげないといけないし、服も着ていない。でもそうか、猫に服なんか必要ないよね。この子が着ていたものはとっくに燃やして処分済みだ。野良猫が服なんて着るわけないから飼い猫だったのかもしれない。でもこんなに可愛い子を飼うのなら普通は飼い主がずっと側にいるはずだ。そうじゃないということはやっぱり捨てられたんじゃないかなぁ。まあ今は俺のものなんだしどうでもいいんだけど。
小さな子猫は必死で鳴きながら俺に向かって毛を逆立てていた。全身で自分の身を守ろうとする姿は少し微笑ましくて、だけど髪はやっぱり乾かしてあげないといけないなって思う。この部屋の空調は服を着てる俺にとって少し暑いくらいにしてあるので、子猫が風邪をひくことはないだろうけどそれでも心配だ。ペットって自分で体調管理ができないんだからそこは飼い主がきちんと面倒を見てあげないとね。
だから手を伸ばして、鳴き声を上げ続ける子猫を抱きしめてやりながら何度も大丈夫だよ、もう怖くないからね、と声をかけ続けた。落ち着いたらドライヤーをあてさせてくれるかなって思ってそうしたんだけど子猫はパニック状態になってしまっていたらしく(いきなり風呂にいれられてびっくりしたんだろう。ちょっと可哀想だったかな。でも俺以外の匂いがしてるのって嫌だったんだよね)小さな爪を立てたり、牙とは言えないような歯をたてて噛みついたりしてきた。興奮と混乱で目が見開かれてる姿を見るとどれだけ小さくても、抵抗する意志はあるんだぞっていう気概がわかる。正直、爪にしても歯にしてもさほど痛くはない。普段もっと危ない仕事をしているからこの程度の怪我、どうってことないしね。
とはいえずっとこうやって暴れられるのは少し困る。これだけ興奮していたらその分体力を使っちゃうことだろう。薬で大人しくさせてもいいんだけど、初日からそういったものに頼るのもなぁ……そんなことじゃ飼い主としての適正を疑われても仕方ない。
さて、どうしたものかと少しの間悩み、とった手段は至極単純なものだった。
動物というのは暖かい言葉をかけるのはもちろん、優しく撫でられるのも心を開かせるときには有効な手段らしい。母猫が子猫を毛繕いしてる姿なんてよく見るしね。そうやっていたわるように撫でてやることで緊張がほぐれるなんてよくあることだ。これからずっと一緒にいることになるんだから、俺は敵じゃないんだってことをわかってもらわないと、なんてことを思いながら俺から身体を離そうと振り回している細い両手を掴んだ。その瞬間にびくりと小さな身体が震える。水分をたくさん含んだ目が俺の姿を見上げていた。は、は、と繰り返される浅い呼吸に、もしかして俺に殴られるかもしれないって怯えてるんじゃないかと気付く。そんな酷いことはしないのに。もしかして前の飼い主にはそういうことをされていたのかな? だとしたら俺が新しい飼い主になって正解だよね! カチカチと鳴る歯の音を聞きながらゆっくりと頬を撫で、唇に触れて、それから掌でたどるように小さな身体に触れる。やっぱり服なんて着せないほうがいいよねぇ、こっちのほうがこの子の反応がすぐにわかってちょうど良いし、直接触るほうがやっぱり気持ち良い。
でもこうやって撫でたりしていたらもしかしてこの子の下半身が反応しちゃうんじゃないかなって少し心配になった。ほら、去勢前の子って飼い主の手だけで発情しちゃったりするだろ? そういう姿も可愛いから子供が作れない身体になんてもちろんしない。この子は男の子だから発情期になったとしてもたくさん俺が出させてあげたら満足できるだろうし。やっぱり同性としてはさぁ、去勢なんて可哀想でできるわけがないと思うんだよね。他人の性器に触れたことなんてないけど今から慣らしてやれば、発情期を迎えたときに対処できるんじゃないかな。
そう思って脚の間に触れてみたもののこの子の性器はくったりと力を失ったままだった。やっぱりまだ子供だから反応しないのかな? あ、でも舐めてあげたら勃起するかも。それってつまり野良猫だったこの子の数少ない初めてを俺がもらえるってことだ。そうなれば善は急がないと、と相手の下半身に口を寄せようとすると、ひっ、と引き攣ったような鳴き声があがった。噛まれると思ったのかもしれない。そんなことするわけがないのに。でもこの子には口で言ってもわからないみたいだから態度で教えてあげようと、身体に見合った小さな性器を口内に迎え入れた。大きめのキャンディをしゃぶるみたいに口を動かす。柔らかい肉の感触がなんだか変な感じだ。他人のなんて咥えたことがないからそう感じるのも無理はないか、なんて思ってると、子猫がぷるぷると身体を震わせだした。気持ち良くなったのかなと思って視線を顔に向けてみると、そこにあったのはぼたぼたと涙をこぼす大きな、青みがかった黒目だ。小さく震えた声で何かぶつぶつと呟いているのを聞きながら一旦口を離す。気持ち良くない? と尋ねるとぶんぶんと大きく首を上下に振った。
ここにきてようやく意志の疎通が図れたね、安心したよ! 少しは落ち着いてくれたみたいだからやったかいがあったな。でも気持ち良くないってどうなんだろう、子供とは言え反応くらいはするものなんだけど……もしかして身体に欠陥でもあるのかもしれない。今度きちんと医者に診てもらわないと。変な医者に適当な診断をされたら困るから大金を払ってでも、全身をくまなく診てくれるところを探そう。これ見よがしにペットの飼い方の蘊蓄を垂れるようなやつも願い下げだ。確かにある程度の知識は必要だが俺には俺のやり方というものがあるんだし、俺とこの子の邪魔なんてされたくない。
考え事をしている俺に向かって不意に子猫が鳴いた。もしかして、勃起はしなかったけど気持ち良かったの? さっきの気持ち良くないって頷いたのは足りなかったせい? もっとしてほしいのかな? それならしてあげないと。そう思って再度唇を寄せたのに、嫌がるような声をあげて子猫の貧弱な脚が俺を蹴ろうとしてきた。その細い足首を掴み、危ないだろ、と注意してやる。当然、声はできる限り優しく、ね。 子猫は掴まれた脚を取り戻そうと、空いてる方の脚で俺を蹴り飛ばそうとしてくるから慌ててそちらの脚も掴む。こーら、中々してくれないからってそういう嫌がらせはよくないよ? おねだりするなら可愛く素直にしてくれないと。もっと触ってとか、気持ち良くしてとかさ。この子はこんなことをされたことがないからやり方をしらないとはわかっているものの、癇癪を起こしたみたいにずっと暴れられるのは気分がよくないなぁ。仕方ないから俺がちゃんと教えてあげるね。わかる? こうやって、相手に下半身を擦りつけてやることでどこを触ってほしいのか教えたりするんだよ、と言いながら反応している俺のを下衣から取りだし唾液に塗れた相手の性器に押しつけた。子猫は一瞬だけびくっと震えた後に動きを止めてしまう。ゆっくりと俺を見上げる目は潤んでいて、どう見ても誘ってるようにしか見えない。どうしよう、これこのまま突っ込んであげたいなぁ、そんなことをしたら壊れちゃうし、怪我なんてさせたらこの子は怯えてしまうだろうからできないんだけど……そうだ、素股くらいならいいよね。うん、そうだよそれくらいならこの子の小さな身体に負担なんかかけない。 まだ筋肉の発達していない両足を揃えるように膝をくっつけてやり、できた太腿の隙間に俺のものをねじ込んだ。あまり体毛の濃くない身体に成人男性の性器がくっついてるのってなんだか変な感じがするね。でもこれから毎日するんだからきっと慣れてくれるよね?
しっかりと脚が動かないように掴みながら腰を動かしても自分の先走りのおかげであまり痛みを感じない。今までした中で一番興奮しているかも。すごいや、君はこんなに小さいのに俺の知らない世界をたくさん教えてくれるんだね。それがとても嬉しくって、できるだけ優しい声でありがとう、と礼を述べてみたんだけど子猫の耳には届かなかったらしく、じっと俺の性器を凝視したままの目が上がることはなかった。あれ、こんな風になってる性器を見るのも初めて? あ、でもそうか。自分のはまだ勃たないし、普通は父親のこんな勃起したものなんて見ることはないものねぇ。そう思うと発情期を迎える前にお迎えできたのはラッキーだったな。もちろん、その時期を迎えてからでも色々楽しめることはあっただろうけどさ。こんな小さな身体じゃないだろうから後ろにいれてあげることだってできただろうに。ま、それくらい大きくなるまで待つのも悪くない。ゆっくり俺好みの身体に育っていくなんて素晴らしいじゃないか。そうだ、俺の手でしかイけないようにしてあげよう。そうしたら一人でできなくて俺に気持ち良くして、っておねだりしてくるようになるだろうし、万が一、まあ、あるわけないんだけど、外に出て行ってしまったときに(誰かに攫われたりとかね。俺は仕事柄、敵が多いからそういう嫌がらせをされないとも限らない)他の人間としてみてもまったく気持ち良くないってわかれば俺の側に帰ってくるだろうさ。願わくば、そんなことになるより先にこの子の心が俺の側じゃないとダメって思うようになってほしいけどねぇ……でも身体から籠絡させるのが手っ取り早いからまあいいや。
そんなことをつらつらと考えながらも俺の下半身はどうしようもないくらい盛り上がっていて、不意に俺のを挟んでいる柔らかな太腿がきゅ、と締め付けた瞬間に精液が零れた。まるで俺のタイミングを見計らったみたいな仕草に自然と笑みが浮かぶ。そんな男を誘うような仕草は誰かに教え込まれたわけじゃないだろう? 純粋に俺を気持ち良くしてあげたかっただけなんだよね? 可愛いなぁ、もうと勝手に口から出てきた言葉は自分でもどうかと思うくらい甘ったるかった。俺は心からこの子が可愛いと思えるから今後、怒鳴ったり殴ったり、なんてことはしないで済みそうだ。この子もこうやって俺に応えてくれるしね。
そう思っていたのに子猫は恐る恐る、といった様子で俺を見上げてきた。どうしたんだろう、酷いことなんてしていないんだからそんな怖がることもないのに。 子猫は小さな手をぎゅ、と握ると弱い声で鳴いた。その声がまるで、家に帰りたい、と言っているように聞こえて眉間に皺が寄ってしまう。帰るもなにも、この子の家はもうここ以外に無いのに何を言っているんだろうか。
意味がわからない俺を置いてけぼりにするように、いえにかえりたいです、ぼく、だれにもいいません、ないしょにします、だからおうちにかえしてと鼻をすすりながら子猫が鳴く。
この子はまだ自分の家がわかっていないらしい。それもそうか、猫にしろ犬にしろ人間にしろ、突然の環境の変化には驚くものだ。だからきちんと丁寧に教えてあげないとね。
いい? 君の家はここなんだよ。前の家にずっといたから最初は違和感があるかもしれないけど、大丈夫。居心地がよくなるように俺が何でも揃えてあげるよ。今はまだ生活に必要な最低限のものしかないからこの部屋も殺風景に感じるね。ソファとかベッドを買ってあげようか。子供用のベッドって色んなデザインがあって見てるだけでもきっと楽しいよ。そうだ、玩具も買わないと。俺と君と二人で遊べるのがいいよね。まだ予防接種が終わっていないから外には出してあげられないけどネットで色々見るのも面白いよ。数がたくさんありすぎて選ぶのに困るかもしれないから、俺が隣でずっと一緒に見ててあげるからね。お金のことは心配しなくてもいいよ。君が欲しいものは俺がいくらでも出してあげる。
ペットって外でどんな病気を拾ってくるかわからないから、飼い始めたらまず病院に連れていくべきなんだそうだ。身体検査も兼ねて明日にでも行かないと。本当は今日がいいんだろうが突然のことに色々驚いてるこの子を落ち着かせるのが先決だ。
俺の言葉がいまいちよくわかっていないのか、子猫は左右に頭を緩く揺らすと視線を左右に彷徨わせた。その目が俺を通り越して、この子が背をつけている壁と真向かいの位置にあるドアへといく。その途端にまるで弾かれたように立ち上がろうとした、らしい。俺がしっかりと脚を掴んでいたからそれは叶わなかったけど。
まだ子供だから何の遊び道具もないここが気に入らないのかもしれない。外ならもっと色々あるんだと考えたのかな? 残念だけどここを出ても俺の事務所があるだけだ。元々野良だったから外の楽しさを知っているだろうけど、事務所から出るのもロックがかかっているから簡単には出られないようにできている。この小さな頭にはそう説明してもわかってもらえないだろうから言わないけどね。
小さな爪をたてて子猫がまた、俺の手を引きはがそうとしてくるからそれには大人しく従ってあげた。手を離すと少し痕が残っていたから痛かったのかもしれない。ごめんね、次は気をつけるから。力加減がわかるまでは何か器具を使ったほうがいいのかもしれない。この子の肌は白いから痕がよく目立っちゃうし……でもキスマークが目立つのはいいよね、うん、それっていかにも俺のものって感じがする。手の痕よりもそっちのほうがこの子も嬉しいに違いない。
そう思って顔を胸元に近づけ、鎖骨や胸骨、肋骨と順番に痕をつけていく。くすぐったいのかもぞもぞと動くのでそれは身体を抱きしめることで、そんなことはしちゃだめだよと教えてあげた。敏感みたいだからどうしても動いちゃうみたいだけど、痕がつける間くらいは我慢してほしい。
ときどきうっすらと色の濃い乳首にも唇を触れさせながらたくさんキスマークをつけていると唐突に子猫が母親を呼ぶような声を出した。最初は小さかった声が徐々に大きくなり、まるで壊れた機械か何かのようにずっと同じ言葉を繰り返す。
それにはさすがに気分が悪くなった。そんなものを呼んでもここに来たりしないし、やっぱり呼ぶなら新しい飼い主である俺を呼ぶべきだろ、と考えたところではたと気付く。そうか、この子は俺の名前をまだ知らない。だから知っている名前を呼ぶしかないんだ。本当は俺のことを呼びたいのにわからないから一生懸命知っている単語を口走っているんだろう。そこに気付けて良かったよ。
何度も身体に口づけられたのが相当くすぐったかったらしく、子猫はばたばたと俺の腕から出ていこうと暴れていた。大丈夫だよ、今日はこれ以上痕はつけないから、という意味をこめて抱きしめる腕に力をこめ、耳を割くような声をあげる子猫の片頬を右手で包み俺の名前を教えた。偽名なんて言う必要はないからもちろん本名だ。名字は必要ないので下の名前だけ。わりと珍しい名前だからきっとすぐに覚えられるだろう。
しゃくりをあげながら子猫は口を開け、精一杯喉を拡げてなお大声をあげようとするから口内に指を突っ込んでやった。これだけ近くにいるんだから、そんな声を出さなくても聞こえるってば。大丈夫、これからは俺の名前を呼んだらいいからね? そうすれば俺はすぐに君の側に来てあげる。
その言葉に納得したのか、俺の名前を呼ぶためにもごもごと子猫が口を動かした。そのせいで押し込んでいた指に思い切り歯をたてられてしまう。もう、俺が手を抜いてからでいいのに。そんなに早く呼びたいのかな。それなら邪魔しちゃいけないよね。
子猫の口から指を抜き取り、歯形のついた手でゆったりと頭を撫でてやったがむずがるように子猫は俺の両手を押しのけた。噛んでしまったから怒られると思ったんだろう。簡単に怒ったりなんかはしないけど、でもそんな風に聞き分けがないとちょっと怖いことをするかもね、と相変わらず母親を呼び続ける子に言い聞かせるように囁いた。途端に声が止み、気配を伺うように大きめの目がこちらを見つめる。あれだけ大声を出していたから当然、呼吸が酷く荒れていた。
緊張のせいか何度も生唾を飲み込み、しばらくしてようやく小さな小さな声で子猫は俺を呼んだ。
「そう。良い子だねぇ、帝人君」
それに応えるように名前を呼ぶと子猫はびくっと大げさなくらいに身体を震わせた。何でこんなに驚いてるんだろうと思ったけど、そうか、前の飼い主がつけた名前を呼ばれたからかな? 本当は俺が名前をつけてあげたいんだけど、きっとこの子もこの呼ばれ方に慣れているだろうからね。他にもたくさん覚えないといけないことがあるんだから名前くらいは妥協してあげよう。でも譲るのはこれだけだ。名前以外は全部俺の色に染め変えてあげないと。
今はこうやって震えて視線を合わせないこの子がいずれ、とろけるような目を自分に向けるようになるのかと思うとそれだけで自然と笑みが浮かんでくる。そんな日が一刻も早く来るようにと願いながら、短い黒髪をそっと撫でた。
おしまい