ミニチュアガーデン 続き
彼が中身も子供になっていると確信したのは食事のときだった。
普段なら目の前でインスタントのカップみそ汁に湯を注ごうものなら不満たらたらな文句を口にしてくるはずなのに何も言わず、冷凍庫から出した白ご飯を電子レンジにかけて、それにみそ汁をかけただけのものを差し出してもふんふんとそれの匂いを嗅ぐだけだった。その姿がすごく猫っぽい。
簡易テーブルとして彼が入っていた段ボール箱をひっくり返した上に乗せた食事(と言っていいとはさすがに僕も思わないけどさ)を彼は見つめるだけで口にしようとしない。小さな手に箸は持ちにくいだろうとスプーンを用意したのにそれにも手を伸ばさなかった。
どうぞ、と言ってみると僕をじっと見つめ、それからまるで犬食いをするように(猫なのに)茶碗に顔を突っ込もうとしたのにはものすごく驚いた。え、何やってるんですか臨也さん駄目ですよスプーン使ってくださいよ! と慌てて顔を茶碗から引きはがした僕に彼はものすごく不満そうな顔で、みー、と鳴くものだからああこれは、と悟ってしまう。演技とは言え彼はさすがにここまではしない。
結局僕がスプーンを持ち、猫舌であろう彼のために冷ましながら口に押し込んでやると大人しく食べた。
餌付けのようなその行為にいささか妙な気持ちになるなぁと思いながら茶碗が空になると、彼は満足げにため息を吐き出した。
「みー」
ごちそうさま、なのか、食べさせてあげた僕に対する礼なのかわからない鳴き声をあげた彼の頭をなんとなく撫でる。髪と同じ色をした耳に辺りに指が触れ、想像以上に手触りがいいことがわかった。なんとなくそれを繰り返していると臨也さんの喉からぐるぐると妙な音が鳴り、ああこれは猫が嬉しいときに慣らす音だと思い当たる。こんなところまできちんと猫化してるなんて。
彼が一体いつ戻るのかわからないけど、暇だし、猫の生態でも調べてみようか。
そう思ってパソコン前に座り電源をつけると彼は無言で僕にもたれかかってきた。重くはない。むしろほどよい重みが心地良いくらいだ。
くわ、とあくびをしている姿はやけに気楽そうに見える。お腹が膨れたから眠くなったらしい。本当に子供みたいだ。
小さな身体が自分の尻尾をもにもにと揉んでるのを視界の端に入れつつネットに繋ぐ。猫のことを調べるよりも先に日課であるサイト巡りをしてしまおう。
ダラーズの掲示板や情報サイトをなんとなく眺めていく。
「……え?」
惰性でブックマークを順に辿っていったせいで普段利用しているチャット画面が出てきた。
池袋に来てからもセットンさんと甘楽さんとは頻繁にオンラインで会話している。普段ならこんな夕方の時間帯は二人ともいない。
だけど僕の目に飛び込んできたのはいつもの光景だった。比較的淡々と話すセットンさんと、相変わらずハイテンションな女子高生のようなテンションで語る甘楽さん。思わず隣で尻尾を毛繕いしている姿をまじまじと見てしまう。
おかしい、彼は今僕の傍にいるのだから甘楽さんがここにいるはずがないのに、何で。もしかして誰かが甘楽さんの振りをしているんだろうか。それにしては流れていく甘楽名義の文面はものすごく彼らしい。
どういうことなのか、なんてことは本人に聞けばすぐにわかることだ。そう思っていつものようにログインを押した。
田中太郎が入室しました、と表示が出る。ひとまずいつものように挨拶の言葉を入力しようとした途端、チャット画面を隠すように文字が表示された。内緒モードだ。
内緒モード《誰?》
発信者は甘楽名義になっている。いきなり誰って、そんなの甘楽さんこそ誰なんですか。
そう思う僕の目の前でどんどん文字が流れていく。
内緒モード《田中太郎名義は別の人間が使っているのだけど》
内緒モード《偶然の一致、でその名前が出るはずないよねぇ》
内緒モード《…………今IPアドレスを見たんだけどさ》
内緒モード《もしかして帝人君?》
もしかしても何も、このチャットに来る人間で僕以外がその名前を使うはずがない。。
でも僕の本名を出してくるということはやはりこの甘楽の向こう側にいるのは臨也さんだ。じゃあ今隣でせっせと肉球を舐めている彼は一体。
「みー?」
「…………」
僕の視線に気付いたらしい彼がこてりと首を傾げる。邪気が無く見えるその仕草は見せかけでなく、本当に何の他意もないのかもしれない。
数秒ほど目を合わせていたがやはり彼の方からふいっと視線を逸らしてしまった。
「あの、いざ、」
名前を呼ぼうとした瞬間携帯から電子音が流れた。その音にびくりと驚いたように彼の身体が震える。それを宥めるように頭を撫でてやると、もっとと言うように頭を押しつけてきた。
それを横目にしながら音を奏で続ける携帯の液晶に表示されていたのは目の前にいると思っていた臨也さんの名前だった。
『帝人君?』
通話ボタンを押すと聞き慣れた、無駄にさわやかに聞こえる声。間違ってもみーみーと言いそうにない。
「臨也さん? 何でそこにいるんですか?」
浮かんだ疑問をそのまま口にすると電話の向こう側の彼は、それはこっちの台詞なんだけど、と呟いた。どういう意味ですかそれ、と聞くよりも先に彼の声に被さるように、猫のような鳴き声が聞こえた。
「…………」
『……あー……帝人君、もしかしてそっちにもいるの?』
主語が抜けているが言わんとしていることはわかる。たぶん、いや確実に彼の方にもいるのだろう。今僕の隣で寝る体勢になり始めたこの子供のような猫のような生き物で、僕とよく似た存在が。
『帝人君、こっちに来れる?』
「はぁ、たぶん」
丸くなっている小さな身体は抱き上げることくらい簡単にできる。だけど本格的に寝られたらちょっと運びにくいかもしれない。
『そう。タクシー使ってもいいからちょっとこっちに来てくれる? 悪いけど俺がそっちに行くのは難しいから』
そう言った言葉の端からガチャン、と何かが落ちる音がした。
あまり愉快な想像じゃないけどどうやら向こう側で小さな僕に似ているであろう生き物は何かやらかしたらしい。臨也さんが深いため息を吐いたのが聞こえる。
僕の隣にいる彼はひどく大人しい生き物だが臨也さんの側にいるのは違うらしい。
その生き物の責任を僕には求めないでくださいね、とは口にせず、わかりましたと言って電話を切る。責任を追及されても困ると言ったところで彼がそうするつもりなら僕の話をまともに聞くとは思えないというのが言わなかった理由の半分だ。もう半分は現在の状況がどうなっているのか早く知りたかった。
携帯をポケットにいれすぐに外に出ようとしたがふと気付く。当然僕によりかかっているこの猫のような何かを連れていったほうがいいだろうけど、頭に猫耳をはやした子供なんて連れてたら嫌でも人の目を引き寄せてしまう。最近はコスプレのような子供服が多いけど、できればあまり衆目を集めたくない。
少し考えてから彼が身につけているコートの帽子を引っ張って頭に被せてみた。きちんと頭にフィットするように猫耳が付いたフードだ。
「…………」
それでもないよりはマシか。尻尾はコートの中に隠せば目立たないとは思う。たぶん。
臨也さんはタクシーを使ってもいいと言っていたけど、むしろそっちの方が顔を覚えられてしまいそうで嫌だった。
「みー?」
しっかりとフードを被せて、尻尾が外に出ないように抱き上げると彼は問いかけるように鳴いた。
「ええと、静かにしててくださいね?」
まるで誘拐犯のような言い分だ。さらってきたわけじゃないけど、この子が臨也さんでない以上今のこの状態はそれに近いものがある。
それを思うと少し憂鬱だったが僕の腕の中の彼は僕の言ったことがわかったのか、ぎゅっと僕の首にしがみついてきた。苦しくはないし、子供らしい(それとも猫らしい、だろうか)高い体温がカイロ代わりになりそうだ。
パソコンの電源を落とそうとモニターに目をやると、セットンさんが気遣うように太郎さん、どうしたんですかと声をかけてくれていたのが目に入る。その彼女に心配かけないよういくつか文字を打ってから電源を落とし部屋を後にした。
「やあ、いらっしゃい」
玄関のドアを開けてくれた臨也さんはいつも通りの彼だった。
「……何、その顔」
「いえ……」
何だおもしろくない、というのが顔に出てしまったらしい。だってそうじゃないか、今僕の腕の中でぐりぐりと顔を押しつけてきているこの愛らしい生き物が彼だったら楽しかったのに。そんな脳天気なことを思えたのもほんのついさっきまでで、今はどうしてこの生き物が僕の家の前にいたのかがわからず少し気味が悪い。
おじゃまします、と声をかけながら彼の脇を通る。そのまま奥に進もうとしたらいきなり腕を掴まれた。
「なん……――」
何ですか、と問うよりも早く整った顔が近づいてくる。思わず癖で顔を傾け、た瞬間、ペチン! と軽い音が響いた。
音の元は臨也さんの頬で、その原因は僕の腕の中にいた子供だ。フーッとあげる声が本物の猫の威嚇とよく似ている。
「なるほどねぇ」
何がなるほどなのかわからないけど臨也さんは叩かれたところを指で撫で、くっくっと喉で笑った。叩かれて笑うなんてこの人そんな趣味があったっけ。ああでも、この柔らかそうな肉球で叩かれるのは少し気持ちいいかもしれない。
臨也さんを睨み付けながらしがみついてくる小さな手がときどき首にふに、と人では決してありえない感触を伝えてきて、それに悪い気分にはならなかった。
「俺も君も勘違いしてたみたいだけど、たぶんそいつらも勘違いしてるよ」
「は?」
言われた意味がわからない。でも臨也さんは言葉を補足することなく僕の横を通って先に室内へと入る。
腕の中の彼を下ろそうとすると嫌がるように首にしがみつかれた。それだけ僕に懐いてくれてるのかと思うけど、でも彼が臨也さんでないのならまだ出会って数時間しか経たない僕にどうしてこうも警戒心を抱かないのだろうか。
そんな疑問を浮かべていると、トタタ、と軽い足音がパーティションの向こうから聞こえてきた。
「いじゃー!」
…………いじゃー? ジャー? 炊飯器?
首を捻る僕の耳に入ったということはもちろん腕の中の彼にも聞こえたらしく、ピン、と聞き耳をたてるように黒い毛に覆われた耳が立つ。さっきまで降りないと主張したいくせに、いきなり離せと言わんばかりに暴れ始めた。そろそろ腕が辛かったから異論はないけど、あまりの変わりようだ。
両足を床に下ろした途端彼もまた軽い足音をたてながら奥へと走っていく。それを追うようにリビングへと向かうとそこには臨也さんと見慣れない生き物がいた。
黒く短い髪にお世辞にも長いとは言えない手足。大きさはさっきまで僕が抱いていた子供より少し小さいくらいだ。だけど着ているものは見覚えがある。僕が普段着ているものを子供用に仕立て直したような服を着た、頭に猫の耳をくっつけた生き物は臨也さんの足にしがみついていた。そのしがみつかれた足を臨也さんがぶん、と虚空を蹴るように振ると楽しそうにきゃっきゃと笑う声が響く。一見すると臨也さんの表情と相まって邪険にされてるようにしか見えないけど、どうやら当の本人は遊んでもらってると思っているらしい。臨也さんも本気で振り払う気はないようだし。意外だけど、臨也さんって小さい子の面倒を見れる人なんだよね。前にそれを言ったら妹が二人いたんだから当然だろって心底呆れたような声音で言われたけど、臨也さんが人の子だってことを忘れてしまうのは何も僕だけじゃないと思う。
「みー!」
ぶんぶんと長い脚にしがみついて楽しそうにしていたその生き物はみー、という鳴き声に反応した。それを見て臨也さんが脚を下ろすとぽかん、としたように声の主である黒いコートを着た子供を見つめる。
不思議そうに首を傾げ、臨也さんを見てから視線を戻し、また臨也さんを見上げるといったことをしばらく繰り返した後に小さく、いじゃー? と鳴く声が聞こえた。
「みー!」
「いじゃー!」
等身の低い生き物たちはその等身に見合った足音をたてながらお互い走り寄り、ぶつかるように抱き合った。正確には抱き合おうとするも勢いをつけすぎたらしく、どんとぶつかった拍子にまとめてころころと転がっていく。リビングのソファにぶつかってそれは止まったけど二人は特に意に介した様子もなくぎゅうぎゅうとしがみつき合っていた。
「あの子俺の部屋の前にいたんだけどさ」
臨也さんが指さした方向に目をやると、僕の部屋の前にあった段ボール箱とよく似たものが置いてあった。
「開けた途端飛びついてくるし、涙目で俺を見ながらあまりに可愛くない鳴き声をあげるから、帝人君に似てなかったらそのままその辺に放り出してたよ」
あんな小さい生き物を放り出すという発想になるあたりが臨也さんらしい。とは言っても、僕だってあの黒いコートを着ていなかったら室内にいれようとは思わなかった気がするけど。
「てっきり帝人君があんな姿になったんだと思ったら君はチャットに出てくるし」
「僕もですよ。臨也さんがああなったのかと思ったのに」
どうりでインスタントみそ汁に不満一つ言わなかったわけだ。彼でないのなら納得もいく。
臨也さんとよく似た彼は長い尻尾をゆっくりと揺らしながら、あまり可愛くない鳴き声をあげる生き物に絡んでいた。
………もしかして、あの二人の泣き声って。
「ぶさいくな鳴き声だと思ってたんだけど、あれ一応俺の名前を呼んでるみたいなんだよねぇ。とは言っても、俺だと認識してたわけじゃなく、俺と同じ名前を持つあの小さいのを呼んでたつもりなんだろうけどさ。たぶん小さいのが変身して俺になったんだと思ったんだろうね」
ということは、あの『みー』というのももしかして僕の名前なんだろうか。つまりあの二人は僕らと同じ名前ということになってしまうけど、そもそも。
「何なんですか、あの二人」
よくよく見てみると僕と似ている生き物の尻尾はひどく短い。そのせいで猫というよりも別の生き物のように見えてしまう。頭についてる耳が茶色でもっと丸かったら確実にたぬきだ。
僕の問いに臨也さんは皮肉った笑みを見せると無言で彼の携帯を見せてくれた。何ですかその顔、と思ったが携帯に表示された写真を見て納得する。
そこに写っていたのはセルティさんと、そのセルティさんの前にちょこんと座る白衣を着たあの二人によく似た生き物だった。後ろ姿だけだから顔はわからないけどたぶん新羅さんに似てるんだろう。セルティさん自身はその子に夢中になっているのかカメラの方に顔を向けてはいない。だけどものすごくハイテンションでこの写真を新羅さんが撮っていたであろうことは想像がつく。
「これが帝人君じゃないってわかってから真っ先に新羅に電話したんだけどあいつ中々出なくてさ。こうなったら運び屋を呼び出して代わりに問い詰めてもらおうと思ってたらこの写メがきたんだよ」
これだけでは新羅さんが原因なのか、単に彼も被害者なのかはわからない。でもこの状態の彼に聞いてみたところで有益な答えが返ってくることも期待できなさそうだ。子供の面倒を見てあげるセルティもかわいい天から舞い降りた妖精なんじゃないかなああそうだったセルティは妖精だったね私としたことが、とかそういった口上を一方的に述べられそうだ。
臨也さんは付き合いが長い分僕以上にそんなことはわかっているらしい。携帯をしまうとうんざりしたように相変わらず床の上でにゃごにゃごと鳴いている二人に視線を向けた後、僕にソファに座るように促してきた。特に逆らう理由もないので言われるまま座ると同じように隣に腰掛け、僕の目をじっと見てくる。
「あれ、どうするべきだと思う?」
「それを僕に聞くんですか?」
「君以外には聞けないだろ? どう見てもあいつら、俺たちに何らか関係しているようにしか見えないし」
確かにビジュアル的に僕と臨也さんの何らかの遺伝子的なものが作用しているんだろうと思う。思うけど。
「元の場所に戻すのが一番なんじゃないですか?」
「……へぇ? 案外ドライだね、帝人君」
どんな目的で作られたかわからないけど、動物実験されちゃうかもよ、と臨也さんは笑みを含んだ声音で言ってくるがそんなことを僕に言われても困る。
そもそも僕の預かり知らぬところで生まれたのだから僕が責任をとらなきゃいけないものじゃない。見捨てるのか、と言われてもそんなの。
「臨也さんはいまいちピンとこないかもしれませんけど」
「何が?」
「あのくらいの歳の子供を育てるのって大変だと思うんです。食費は馬鹿にならないし、僕が部屋にいない間の光熱費だって嵩んでいくでしょう? 外見は猫と人間の合いの子のようにしか見えませんから寿命はよくわからないですけど……仮に猫と同じ寿命だとしても、最低でも十年は生きるわけじゃないですか。そこまで面倒を見る自信も僕にはありません」
新宿駅からほど近いマンションの、こんな広い部屋に住めるだけの財力のある彼にとって人(とあの生き物たちを表していいのかわからないけど)一人分の生活費なんて痛くもかゆくもないのだろう。だけど僕は違う。生活をほどほどに切り詰めて生活しているのだし、何よりあの狭い四畳半は一人暮らし専用だ。人を増やすなら大家さんに言いにいかないといけない。
でもそれは全部建前だ。口にできない本音は、仮にあの小さな生き物を引き取ったとしてその後一体どうなるかわからないからに他ならない。臨也さんがいつ僕とこのままごとのような恋愛関係に飽きるかわからないし、そうなると、彼とよく似たあの生き物を手元に置いておくなんてしたくはなかった。別れた後もずっと共に過ごさなければならないのなら情が移らないうちに手放したほうがずっといい。
同情で生き物を飼えるほど僕には博愛精神はなく、それは今もずっと僕の目を見ている彼も同じだろう。彼の愛情は人にしか注がれないのだから頭に耳を生やした生き物へ向けられることもない。
じっと黙って僕の答えを聞いていた臨也さんの紅い目が少し細められる。ときどき彼は猫科の生き物に似てると思うけど、本物の猫はこんな風に目を合わせることは好まない、と考えてからふとさっき、あの小さな生き物が目を合わせたがらなかったことを思い出した。そうか、彼も一応猫だからあんなに目を合わせるのを嫌がったのか。猫にとって視線を逸らさないのは喧嘩を売ってるみたいなものなんだっけ。
人間にそのルールが適用されるわけもないけれど、まるで真意を探るかのようにじっと彼の目に見つめられるのは居心地が悪い。あまり不自然にならないように視線をそっと逸らし、ソファの向こう側でむつみ合ってる二人の方へ目を向けた。大きいのが抱き潰すみたいに小さい方を下敷きにしているけど、不満そうな声も聞こえないのでこれがこの二人にとって自然な体勢なんだろう。
「…………どね」
「? 何か言いましたか?」
ぽつりと呟かれた声はこんなに至近距離にいたのに聞こえなかった。意図的に聞かせるつもりはなかったのだろうけど、礼儀として聞き返すと臨也さんは口元に手をやり、にぃ、と涙袋を押し上げるような笑みを浮かべただけだ。
「別に? 帝人君には帝人君の考えがあるんだなぁって思っただけ」
「…………」
妙にわざとらしい言い方に自然と眉間に皺が寄る。彼のことだ、僕が胸に飼ってる疑心暗鬼なんてとっくにお見通しだろうし、わかった上でそれをなくしてやろうなんて優しさを持ち合わせてもいないに違いない。
まったく面倒な人に惚れたものだなと我ながら自分の悪趣味さが嫌になる。
「それじゃあま、そこの二匹は俺に任せなよ。帝人君は今まで通り、好きにしたらいい」
「……そうさせてもらいます」
僕のような一介の高校生が動くより新宿の情報屋が動いたほうがあの二人も早く元の場所に戻れるだろう。そう思って僕は臨也さんの言葉を特に気にせず、ただ単純に頷いた。
それから数日後、学校から帰ってきた僕の部屋の布団の中にその二人が仲良さげに丸まって眠っていることも、それをどういうことだと狭い室内に声が響かないように小声で苦情を言うことも、「子はかすがいって言うだろ?」と言いながら自分の言葉にけたけたと楽しそうに笑う臨也さんがいることもこのときの僕はまだ知らない。
おしまい