食べ物で遊ばないでください







 臨也さんに言わせると僕がやっていることはただのおままごとでしかないらしい。

「別に帝人君が遊びで俺と付き合ってるとか言いたいわけじゃないよ? ただ、まぁ……」

 わざわざそこで言葉を切り、にぃ、と口の端を持ち上げ、俺が初めて付き合う相手だってわかりやすいよねと嗤う彼の笑顔がどれだけ悪辣かなんて今更僕が言及するまでもないことだ。彼から見ればそれはもう、僕のやってることなんて児戯に等しいに過ぎないことくらいわかってる。会いたくてしょうがなくて、一緒にいる時間をなんとか工面して、抱き寄せられればふわふわとどこか浮き立つような気持ちになるなんて僕一人だ。いつも臨也さんは余裕綽々の笑みを浮かべて初めての恋人に右往左往する僕を面白い見世物としか見ていないとか、そもそも本当に恋人にカテゴライズしていい関係なのかだとかそういったことに頭を悩ませる僕のことなんて臨也さんはわかりきってるんだろう。わかった上で何のフォローもしないこの人のどこがいいのかなんてお願いだから聞かないでほしい。僕が知りたい。
 そのくらいに自分と温度差があると思う相手にそれでも手を伸ばしている浅はかさは自覚していてもどうしようもない。恋は盲目、あばたもえくぼ。どんなことでもいいから自分に時間を使ってほしいと思うのは我ながら健気とか、そういう薄ら寒い言葉で表してもいいと思う。
「帝人君は頭の回転がいいし、客観的に自分を見定められるのはとてもいいと思うよ」
 腹立ちと諦観を混ぜ込んだような心情をそのまま顔に表した僕に臨也さんがそう言って頬を撫でたのはつい先日のことだ。そう言った彼の、そこまでわかってるのに馬鹿だねぇ、という言外の言葉が聞こえそうな笑みに一瞬見とれかけたのはここだけの話だ。一番隠したい相手である臨也さんにはバレてそうな気がするけど。
 そんな風に恋愛初心者の僕をからかいながら、馬鹿にしつつも一応付き合ってくれているのは滑稽な姿を楽しむために違いない。なんだかんだでそう短くない時間一緒にいるのだからそれくらいわかる、わからないとむしろ悲しくなる、のだけれど。

「い……臨也、さん」

 壁際に追い詰められた状態で絞り出した僕の声に臨也さんはなにー? と多分に息の抜ける音で応えた。正確に文字にするなら、ひゃにー? になってると思う。
 背中に当たる壁にすがるように爪をたてる。目の前の整った顔から目を逸らすべくそろそろと視線を左側に向けた。僕のパソコンが見える。その向こうにある窓から見える風景は夕闇が落ちた空と街灯だ。
 臨也さんが来たのはそろそろ電気をつけないと視界が暗いな、と思うような時間だった。他人が訪問するにはちょっと遅めではあるが、恋人同士なら問題は無い範囲だとは思う。今までにだって彼がこうやって僕の家をこんな時間に、いやこれより遅い時間にだって訪れた事は何度となくあるし僕が呼び出されたこともある。

「い……っ!」

 唐突に顎をつかまれ逸らしていた顔を臨也さんにむき直させられる。眉目秀麗だとか、容姿端麗だとかそういった言葉で表されるこの顔を至近距離で見つめるのは心臓に悪い。
 わざわざ目を無理矢理合わせたにも関わらず、彼は何も言わずににこにこと微笑んでいた。言わないのではなく、正確には言えないんだろうと思うんだけどさ。
 ひょこひょこと揺れる目の前のものから目線を逸らそうにも今度はしっかりと顎を掴まれているせいでそれもままならない。自然目を泳がせることしかできず、それを楽しそうに見つめる紅い瞳がぐっと近づいてきた。

「ひ、」

 何とか逃げようとしても後ろは壁だから当たり前だけどそれ以上さがれるわけもない。臨也さんが口にくわえているものが唇に触れる。甘いチョコレートの香りにくらりと頭が揺れたような気がした。
 細長いスティック状のお菓子にチョコレートがコーティングされたそれはどこのお菓子売り場でも必ずと言っていいほど見かけるものだ。なんとなく臨也さんなら、ポッキーはポッキーでももっとこう、高いものを好むのかと思っていたのに意外なことに彼が口に含んでいるのは一番オーソドックスなタイプだった。シンプルだからこそ長年愛されているんじゃない? というのはこれを持ってきた彼の談だ。
 そう、持ってきたのは臨也さんで、唐突に僕の家に来たかと思えば彼はこうのたまった。

「帝人君、今日は何の日か知ってる? …………は? 靴下の日? なんでそんなマイナーなほうを……言っておくけど電池の日でも鏡の日でもないからね」

 よく目立つ赤い箱を片手で左右に振りながらそう言った彼に、はぁ、としか返せなかった僕に何の落ち度があるだろうか。何でいきなり製菓会社の陰謀に臨也さんが乗っかることにしたのかよくわからないと首を傾げる僕の目の前で臨也さんはパッケージを開け(ちなみにその間延々とそのお菓子の蘊蓄を教えてくれたけどわりとどうでもいい話だった)チョコレートのついてないほうを口に含むと、ん、と笑顔のまま僕に反対側を向けてきた。
 え、なんですかそれ、まさかポッキーゲームでもしようって言うんですか、いえいえいえ結構です僕はいいです遠慮しますお気遣いなくいえ本当に結構です無理です無理だって言ってるじゃないですかいやもう本当に無理ですってば、と後半は声を荒げながら訴えたが臨也さんは聞いてくれず、腕力でも勝てるはずのない僕がじわじわと距離をつめてくる彼から逃げた結果が今のこの体制だ。逃げたというより追い詰められたというべきか。
 ポッキーの日にポッキーゲーム。恋人同士のお約束だってことくらい知ってる。そういえば昨晩、チャットで甘楽さんが言ってたっけ。それにセットンさんは他人事のようにへぇ、おもしろそうですねと言って僕もあまり気にせず、さらっとその会話を流した、ような気がする。
 だって僕と臨也さんがこんなことをするなんて恋愛初心者である僕が想像できるはずがない。こういうのはこう、そうだ、もっと甘ったるいカップルがやるものじゃないだろうか。お互い思い合っている人同士でやるならわかるけど恋に溺れてるのは僕一人なのに何で臨也さんは突然こんなことをしようと言い出したのか。……たぶん、好意的に見て僕に気を遣ったんだろう。ままごとのような恋愛をしている僕にままごとのような恋人の遊びをしてやろう、と。客観的に見るなら単にからかいたかっただけだと思うの一言で終わる。
 それがわかっているからさっきから嫌だと逃げているのにこんなことになっているのは、結局のところ僕がどう足掻いても臨也さん相手に勝てるはずもないからだ。仕方がないのでため息を吐き、目の前のチョコレート菓子を小さく口を開いて受け入れた。臨也さんの目が少し細められる。そのまま彼がポッキーを食べ、ようとするより前に僕は軽い音をたててそのチョコレート菓子をへし折った。

「…………」
「…………なんですか、その顔」
「こんな顔にもなるだろ」

 ほんの一口分だけをかじった僕を臨也さんは胡乱気な目で見つめ、自分がくわえている部分をあっさり食べてしまうと不満そうにそう言った。

「あのねぇ帝人君。このゲームの趣旨わかってる? 折れないようにするんだよ、先に折っちゃった方が負け。だから今のは君が負けたことになるんだよわかってる?」
「はぁ、わかってますけど」
「わかってるならその態度はどういうわけ?」

 袋からポッキーを三本ほど取り出すと臨也さんはそれをそのまま口にいれた。一本一本が細いからそういう食べ方したくなるのはよくわかるんだけど、その姿はちょっと子供みたいに見えてなんだかとても新鮮だ。

「普通はさぁ、ギリギリを見極めて限界がきた時点で折っちゃうものでしょう。それをそんなちょっとかじっただけで歯をたてちゃうなんて、どれだけ初心なふりするつもり?」

 限界がきた時点で、というのなら本当にさっきのあの距離が僕にとっては限界だ。それはもちろん、一応恋人同士と定義する関係なんだからキスだって、それ以上のことだってしてる。してるけどいつも頭にあるのはこんなに近づいた距離にいるなんて落ち着かないという羞恥心だ。臨也さんは今までに色んな人と付き合ったことがあるだろうからこんな遊びだって軽々しくできるんだろうけど、僕は彼の言う通り初心者なので無理だ。それを口にすると、まるで彼が過去に関係のあった人に嫉妬しているようにしか聞こえないから言わないけどさ(悋気心を見せるようなことを言ったら眉をひそめられかねない。なんだかそういうのはひどく腹立たしい)。

「いいじゃないですか、僕の負けで。そもそも僕は臨也さんに勝てると思ったことは一度もないですよ」

 腕力だって情報収集能力だって何だって。それは年の差はもちろんだけどそれ以外にも色々とある。その色々を惚れたほうが負けという言葉で集約できることもよく知ってる僕は負け戦に本気になるほど馬鹿じゃない。

「なるほどね」

 臨也さんは赤いパッケージから新しいポッキーを一本取り出すと軽い音をたてながら咀嚼した。

「最初から戦意喪失しちゃってるのか。それはちょっとおもしろくないかな」

 手に持っていたチョコレート菓子を最後まで口にいれた後、また一本取り出したが今度はそれを食べることなく僕の唇に押しつけてきた。これはお裾分け的なことをしているのだろうか。普通に食べるだけなら別に、嫌いなお菓子じゃないからありがたくいただいておこうと彼の手から受け取ろうとしたが臨也さんはポッキーを離さない。

「いざ、」
「ね、帝人君。賭をしよう」

 くれるならさっさとくださいよ、と言おうとした僕の言葉を遮って臨也さんは口を開いた。

「帝人君が勝ったら俺は君の言うことを何でも聞いてあげる」
「……はぁ」

 いきなり何を言い出すんだこの人、と思っている僕の唇を臨也さんが手にしているポッキーで緩くなぞる。唇にチョコレートがついたような気がして舐めてみると、甘い味がした。
 僕の言うことを何でも、と彼は言うけど、どうせ彼にとって僕の頼みなんてそう大したものじゃないんだろう。僕が彼に無茶を言うはずがないと考えてるに違いない。実際その通りだ。それに臨也さんにしてもらいたいことって言ってもあまり思いつかない。強いて言うなら、傍にいてほしいとは思うけどそれは自分の意思でいてもらうわないと、そうじゃないなら意味がない。
 僕は彼が選ぶ選択肢の中に僕という存在を組み込んでほしい。その願いは彼に頼んだところではいそうですかとできるものじゃないからどうしようもないのだけど。
 あまり興味がない僕に臨也さんは首を傾げた。

「賭の景品にあんまり魅力を感じない? 恋人としてかなり傷つくんだけど」

 そんな笑みを浮かべて、傷ついた、なんて言われても信憑性にかける。

「……逆に聞きますけど、臨也さんが勝ったら何かメリットがあるんですか?」
「俺のメリット? そうだねぇ……」

 臨也さんは僕の唇をふにふにと押していたチョコレート菓子をハムスターのように食べながら悩む素振りを見せた。
 もし僕が彼の言うことを聞く、ということを景品とするのならそれはそれで、僕とは違う意味で魅力を感じないことだろう。だって臨也さんは自分の主張を無理矢理にでも押し通すのだから。それも僕の意思の有無にかかわらずに。

「うーん、帝人君が負けたくないって思う上に俺が楽しめそうなことでもしてやろうと思うんだけど、何が嫌?」

 自分がされて嫌がることをするとわかっている人間に聞かれて答えるような人っているんだろうか。

「この間みたいにさぁ、何回出せるか試してみる? それとも逆に根元縛ってイけないままにしたらどれくらいで音を上げるか試してみようか? でもそういうのってありきたりだと思うんだよねぇ……」

 そういう発想をありきたりにしないでもらいたい。実際それをされてこっちがどれだけダメージを被るのかわかって……あ、そうか。
 僕は自分が楽しめる頼み事ばかりに目が向いていたけど、そうか、彼が嫌がることをねだるのも悪くない。むしろ、そっちのほうがいい。自分が勝負に勝っても負けても優位なことには変わりないと思っている彼の表情を崩せるかもしれない。

「臨也さん」
「何?」

 そっと彼の腰に手を回すと臨也さんは目を瞬かせたが、すぐにゆったりと笑みを浮かべた。少しでも距離をとろうとしていた僕の態度が変わったことがどうやらおもしろいらしい。

「臨也さんは何をされたら嫌ですか?」
「んー? そうだねぇ……」

 彼の手が僕の肩に触れ、するりと首筋を撫でてから耳をくすぐる。それに少し身をすくませると臨也さんは満足げに微笑んだ。
 触られることになれていない僕はこうやって彼が戯れに与えてくるささやかな刺激にすら過敏に反応してしまう。それを愉快だと言わんばかりの目で見られるのは正直、忌々しい。

「何が嫌かな……帝人君がシズちゃんとしゃべってるとか?」

 それは単にあなたの天敵がしていることが何もかも気に入らないだけでしょう。
 聞いたところで嫌がることを教えてくれるとは思わないが、ここでわざわざ他人の名前を出すあたり彼の性格の悪さがうかがえる。

「俺はね、君が何をしてもそこそこ楽しめる自信はあるんだよ。これって愛があるから成せることだと思わない?」
「…………」
「あっはは! その顔!」

 たぶんさっき、ポッキーをへし折られたときの臨也さんが浮かべたのと似たような顔をしているであろう僕に臨也さんが楽しそうに笑う。愛だなんてどの口が言うのやらとは思うが、彼は人を愛しているらしいので、まぁ、語弊はないのか。
 僕が何をしても楽しめるのなら、この間僕が臨也さんの家のベッドでされたことを一通り試してみようか。何せ彼はポッキーゲームに勝ったら僕の言うことを聞いてくれるらしいので。だけど先に、勝った後に僕が何をするか言ってしまったら臨也さんは手加減してくれなくなるだろうから油断したままでいてもらおう。正々堂々と、なんてこの人相手には無意味だ。
 臨也さんが持ってるパッケージからポッキーを一本取り出し、先ほどの彼のようにチョコレートがついていないほうをくわえて差し出すと小さく笑った彼がそのままぱくりとくわえた。
 至近距離で見つめられることに思わず生唾を飲み込んでしまう。思っていたよりその音が大きく聞こえ、ごまかすようにポッキーに歯をたてる。折れないように、じわじわと近づく彼の目に気圧されないようにと睨みつけながら咀嚼していけば当然だけどどんどん顔が近づいていく。
 勝手に呼吸が荒くなっていくような、まるで顔に火がついたような羞恥心をこらえながら臨也さんと唇を触れあいそうな距離になったときにふと気づいた。
 そもそもこれってポッキーをどちらも折らなければどうやって勝敗を決めるんだろうか。

「……ん……っ」

 自分から折ることだけはできない僕がそんなことを悩んでいると臨也さんが最後の距離を詰め、そのまま唇を押しつけられた。いつもキスをするときは目を閉じているからこんな風にまじまじと見つめ合いながら唇を触れあわせたことは数えるくらいしかない。思わずすがるように彼の服を掴んでしまうくらいには恥ずかしい。

「ふ……ぅ、ん……あ……」

 何度も唇を触れあわせるだけのキスをした後にふいに臨也さんが顔を離すから思わず声を出してしまった。それが不満そうな響きを持っていたということに気づいたのは、彼が僕の後頭部を掴んでからだった。

「んぅっ……!」

 少しだけ開いていた唇からぬるりと舌が入り込んでくる。その舌は甘くて、きっと僕の舌も同じように甘いんだろうと思いながらそのまま舌を絡めた。じわじわと這い上がってくる身に覚えがありすぎるほどの感覚に下半身が震えそうになる。
 暗くて静かな室内に粘着質な音は耳障りだと思うほどに響く。上顎をくすぐられると腰が抜けそうになるからやめてほしいと抗議の意味をこめて甘ったるい舌に緩く歯をたてた。

「……それ、反則じゃない?」

 唇を少しだけ離して近すぎる距離で臨也さんが囁く。彼の声は普段なら爽やかだと表現してもいいようなものなのに、唇に吐息があたるような距離で紡がれると途端に淫らがましいものを孕んだようになるから質が悪い。

「臨也さん相手に勝つなら、反則技でも使わないと」

 それでもそう思ってることなんて口にはせずにそう囁き返した僕の言葉に臨也さんは目を細めた。

「そう。やる気になってくれて嬉しいよ」

 その言葉を言い終えた途端にちゅ、と音をたててまた唇が落とされる。後頭部にまわっていた手が褒めるように頭を撫でてきた。それってものすごく子供扱いしていませんか、と言いたいのに今口を開くと、たぶん不満を伝えるより別の、もっとどろりとしたものを込めてしまいそうだから黙っておこう。

「あの……臨也さん」
「何?」
「このゲームの勝敗ってどうやって決まるんですか?」

 新しいポッキーを袋から取り出した臨也さんに先ほど思った疑問を問いかけるとゆるりと彼は首を傾げた。

「さぁ?」
「さ、さぁって……」
「だってこれ、ルールないらしいしさ」

 ルールがないなら勝ち負け決まらないじゃないですか、だって僕も臨也さんも少なくともポッキーを自分から折ってわかりやすく負けました、なんてする気ないですしと言おうとした僕の口は彼が突っ込んできたチョコレート菓子に遮られた。
 これって噛んで折ったらもしかして僕の負けになるんだろうか、と考える僕に臨也さんは口の端を上げた。

「今のはたぶん引き分けだよねぇ? でもまだまだポッキーはあるし、負けを認めたら終わりになるんじゃないかな?」

 帝人君が、ね? と続いた言葉にぴしりと体が固まる。それって、どういう。

「俺はね、こうやって遊ぶのも悪くないかなとは思ってるんだよ。珍しく帝人君がこんな近づいてても目を閉じたりそらしたりしないのも新鮮でおもしろいし。だけど俺が嫌がることを平気で企んでるみたいだから負けられないなーと思って。大方俺がこの間君にしたことをそのまま復讐してやろうくらいにしか思ってないと思うけど、ああいう玩具は帝人君が遊んでるから可愛いんだよ」

 可愛くない、まったく可愛くない。それにビジュアルだけで言うのなら臨也さんのほうがきっといやらしくて目の保養になると思う。そのためなら多少の努力くらいは僕だってするつもりだとは思うのだけど……僕の考えてることくらい彼にはお見通しらしい。

「そのうち帝人君の童貞をもらってあげてもいいかなーとは思ってるんだけどこんなゲームごときでそうなるのは癪に障るよねぇ?」

 語尾を少し伸ばして色気をにじませる声に、背中に冷たい汗が流れる。何で臨也さんに、いや別に恋人だからいいんだけど、それよりもこの人が負ける気が欠片もないんじゃ僕に勝算が見つからない。

「そうそう、ポッキーの本数って一箱に三十四本なんだよね。帝人君が俺に絶対負けられないって思うんならまぁ、頑張って折らないようにしなよ。残ってる本数は三十本もないんだし……あ、だったらポッキーを口にくわえなければいいと思ってるかもしれないけどそれってさぁ、不戦勝ってことになるよね?」

 そんな馬鹿な。どうしてそう自己中心的なルールばかり思いつくのかが理解できない。だけど彼の嫌がる顔を、滅多に見れない顔を見たいという欲求だけで動いた考え無しなのは僕だ。臨也さん相手には考えすぎるほど考えてから行動すべきだと言うのに。
 唇にチョコレート菓子をくわえたまま理不尽だ、という意味をこめてにらみつけると臨也さんは真正面からその視線を受け止め笑顔を浮かべた。

「君が頭の回転がいいことも、視野が広いことも知ってるさ。でも」

 どうせ僕を軽んじるような言葉を言うに違いないと視線に険を含ませると、臨也さんは言葉を止めた。でもそれは僕の視線にひるんだわけじゃなく、彼にしては珍しいことに言葉を選んでるように見える。ポッキーのパッケージを持った手で臨也さんは考え込むように自分の唇を撫でた後に喉で笑った。

「まぁ、打算や計算を頭にいれないで躍起になればいいのにと思った、ただそれだけだよ」
「…………?」

 躍起になればいいって、僕はいつだって臨也さん相手に必死なのに何が言いたいんだろうか、この人は、とは思うが彼の言ってる内容がよくわからないのなんて今更だ。あまり深く考えないでおこう。
 臨也さんはそれだけ言って満足したのかぱくりとポッキーの反対側を唇に挟んだ。
 さっきまでと違うのは、これはもう勝つことが決してできないゲームだということがわかってることで、唯一僕が有利に事が運べる可能性があるのは引き分けのみだ。
 ちらりと視界の端に赤いパッケージが入る。さっき臨也さんが食べていたから多少は減っているだろうけど、それでもあと二十回以上はこんなことをしないといけないのか。
 それにさっきから至近距離で見つめてくる彼の顔に胸を高鳴らせている僕が耐えられるのかと自問しつつも、どうせ今日は金曜日で明日は学校が休みだしと考えてる時点で勝負を放棄している自分の思考にため息を吐きたくなった。














終わり