Bitter Honey
そもそも帝人にとって同性と付き合うということはとんでもなくイレギュラーなことだった。
地方から出てきた身には池袋の街が非日常にあふれ、多々予想外なことが起こっているが、よもや自分が世間の目をはばかるような相手と恋人同士と表される関係になるとは思ったことがない。ないが、実際付き合っているのだから仕方ない。
新宿の情報屋、と言えばその道では有名人であり、評価も様々だ。身近な幼馴染曰く『絶対にかかわるな』という相手と付き合うことになったきっかけは特に劇的でも運命的でもなかった。
「帝人君、俺と付き合ってみない?」
まるで友達に放課後どこかに遊びに行こう、と誘われたかのような気安さで言われたこの言葉は、その気安さにふさわしく道端で言われたものだった。
何がきっかけなのか帝人にはよくわからない。池袋の街で歩いていたら臨也に声をかけられ、話しているうちに突然そう言われたのだ。
折原臨也という人間は外見だけならおそらく誰が見ても美形だと形容するであろう容姿に、それを自覚しているからこそとも言える破綻した性格が詰め込まれた人間だった。それにプラスして情報屋などという職業なのだからそんな相手に興味を持たないはずがない。
平凡な外見である自分に臨也が関心を持つ理由と言えばダラーズくらいだが、はて、付き合うとはどういう意味だろうと考えながら帝人は、ええ、かまいませんよ応えていた。
理由はどうであれ帝人にとって臨也という存在は自分に必要な情報をくれる、頼りになる年上の存在だった。だからきっと自分にとって不利益になるような誘いはしてこないだろうという甘い考えを持った頷きに臨也はパチパチと瞬きを繰り返した。
「え、そんな簡単に了承していいの?」
「簡単に了承しちゃいけないことを言ったんですか?」
帝人の応えに臨也はに、とチェシャ猫のような笑みを浮かべ、問いに答えないままこれからよろしくと言った。
このときのことを実は帝人は今でも後悔している。せめて、どういう意味で付き合おうと言ったのかということくらい聞いておけばよかったと。
帝人にとって付き合うというのは、それも男同士だと言うのだから何か臨也にとって遊びのようなものだと思っていた。いや、実際臨也にとっては現在の関係は遊びの一つなのかもしれないが、それなら単にはた迷惑な遊びとしか思えない。
付き合おうと言われたときにはもちろん帝人は臨也に対して恋愛感情などというものは持ち合わせておらず、何かおもしろいことをしてくれるんだろうという期待に引きずられて頷いていた。
そのため臨也が帝人の家に気まぐれに来たり、他愛も無いことで電話やメールをしてきたり、自分が行ったことのないような高級料亭で晩御飯を共にしたりといったことをしている間はただただ、未経験の出来事に浮き足立っていた。臨也といると自分が知らない世界を見ることができるような錯覚に陥っていた。いや実際、臨也は帝人の知らないようなことを教えてくれていた。
男同士のセックスもそれの一貫だろう。付き合おうと言われて一ヶ月ほど経ったころに、なんやかんやと丸め込まれて(自分が臨也の話術に敵うわけがない)気がついたら腰やら身体の節々やら人には言えないような部位に痛みを抱えた状態で朝を迎えていた。
帝人にとってはそんなことまでするのは想定外だったが、起きたときにまぁいいか、と思ったのも事実だ。身体に痛みはあったが流血することはなく、というのも臨也が色々と説明しながら(いっぱいいっぱいだったせいで半分も意味がわからなかったが)せっせと強張る帝人の身体をほぐしたからだ。だがそれが愛情からなのかともし問われれば、帝人は思い切り左右に首を振って否定することになる。単に怪我をさせたら面倒なことになると思っているに違いないというのが帝人の見解だ。
(そういう風に要領よく遊べるのが大人ってことなんだろうな)
だから帝人も、”要領よく遊ぶ方法”を学ぶつもりで臨也と一緒にいる。
そのため臨也に呼ばれた新宿の事務所で、ドアを開けて現れた見覚えのない女性が現れたときも、こんにちは、と律儀に挨拶をすることができた。多少どもってしまったのは仕方ない。それくらい目の前に女性は見目麗しい相手だったのだ。
「やあ、いらっしゃい」
にこ、と微笑むとより一層魅力が際立つような気すらするその女性は、臨也がよく着るようなVネックのシャツに真っ黒なミニスカート、そこからのぞくすらりとした足はスカートと同じく黒のタイツに覆われていた。長く腰まで伸びた髪は艶やかで、手入れがいきわたっていることがよくわかる。
「今日は遅かったね。委員会の集まりでもあった?」
「え、いえ……」
帝人を迎え入れたその女性がまるで旧知の間柄のようにそう声をかけてきたせいで必死で頭を回転させる羽目になった。
(どこかで会ったことあるっけ、ええと……正臣がナンパした誰かとか? でもこんなきれいな人いたっけ)
そもそも他人にあまり興味のない帝人にとって、仮に正臣がナンパした相手だったとしても思い出せるわけがない。それにナンパしたのは正臣であって帝人ではないのだから、こんな親しそうな素振りを見せられる覚えがない。
(誰だろう……ダラーズ関係とか? ううん、それもおかしい。僕のことは臨也さんとセルティさん以外知らないんだから)
混乱している帝人を余所にその女性は自分をソファに座らせるとすたすたとキッチンに向かった。
「帝人君、何か飲むよね? コーヒーでいいかな?」
「え、あ、はい!」
掛けられた声はまるで鈴がなるような声だった。決して耳障りではなく、どこかさわやかさを感じさせながらも甘く響く声に慌てたように応える。
(新しい秘書……なのかな)
臨也の事務所の秘書と言えば帝人が知っているのは一人しかいない。時折会うことがあるが、仕事中はこちらを見向きもしないし、勤務時間が終われば何も言わずにさっさと帰ってしまうくらい、波江は帝人という存在を眼中にいれていなかった。極まれに矢霧誠二のことを聞くときだけ真剣な目をしていたくらいしかここでの波江のことは帝人の記憶にはない。
(人を増やさないといけないくらい仕事量が増えてるのかな?)
当たり前だが臨也が仕事のスタッフを増やしたところでそれを帝人に報告する義務はない。ないが、相手は帝人のことを知っているのに自分は知らないこと、それに呼び出しておきながら臨也がいないことにはため息を吐きたくなる。腹が立つ、と言うほどではないが自分が軽んじられたように感じておもしろくないのは事実だ。
「はい。帝人君」
「ありがとうございます」
ス、と差し出されたのは臨也が帝人用にと用意していたマグカップだ。中の液体はコーヒーよりも牛乳のほうが多いのがわかるくらい甘い色合いをしていた。一口口にいれるとその色合いに見合った甘さにほっと息が漏れる。
そんな帝人の隣に件の女性が座る。背もたれに片手を乗せ、もう片方の手には真っ黒な液体が入ったカップを持っていた。
「…………」
「…………」
「……あの」
「ん?」
マグカップをじっと見つめていた帝人はおそるおそるといった様子で隣に座った女性に問いかけた。
「僕の顔に何かついてますか?」
座ったときからじっと横顔を見られ続ければ誰でもそう聞きたくなるに違いない。女性は目元を笑みの形にしまま、うん、と頷いた。
「目と鼻と口がついてるよ」
「……そうですか」
からかうような口調にため息交じりの返答をする。
仕事をしなくてもいいのだろうかと聞きたいが、もしかしたら臨也から自分の相手をするように言われているのかもしれない。だとしたらこの人を責めるのはお門違いだ。
早く臨也が姿を見せることを祈っていると唐突に女性がくすくすと笑い出した。
「ねぇ」
「え、ちょ……!」
女性は背もたれから手を離し、するりと帝人の腰を抱いた。驚いて立ち上がろうとするよりも早く、まるで乾杯でもするように女性のカップが帝人のマグカップにあたる。
「これ、見覚えない?」
「それ……臨也さん、の」
女性が持っていたカップは臨也が愛用しているものだった。パっと見は白にしか見えないが、近くでよく見ると凝った彫りがほどこされているのがわかる。物の値段は帝人にはよくわからないが、たぶん高いものなんだろうと予想ができるそれは嫌というほど見覚えがあった。
そのカップは二つあったんだろうかと帝人がキッチンの食器棚を懸命に思い出そうとしている横で、女性がころころと楽しそうに笑いながら、正解、と言った。
「そう。俺のカップだよねぇ、帝人君?」
「……は?」
その言葉に帝人はマグカップから音がしそうな勢いで女性へと視線を向けた。訝し気な目を向けられた当の本人はその反応に満足そうに笑う。
「もしわからないなんて言ったら大変なことになってたよ」
いいこいいこ、と言うように女性の手が帝人の頭を撫でた。
「……臨也、さん? え……?」
「そう、折原臨也だ。ああ、この姿なら甘楽のほうがいい?」
甘楽でっす、と語尾に星でも飛ばしそうなその言葉に帝人の目がどんどん不審なものを見る色を帯びてくる。
「なんなんですか、その格好……」
「これ? かわいいだろ?」
「かわいいって……」
臨也と名乗る女性がこれ見よがしに足を組み替えてみせる。丈の短いスカートでそれをするのは視覚の暴力じゃないだろうかと思えるくらい、その姿はきちんと女性のフォルムをとっていた。臨也がとち狂って女装をしたわけではないということくらいしか帝人にはわからない。
「ほら、脚ばっかり見ないでさぁ。我ながらなかなか美脚だとは思うけどね? ほらほら胸だってけっこうあると思わない?」
「別に脚ばかり見てません!」
帝人が慌てて否定しながらも臨也の言う胸に視線をやる。
カップをソファの前のローテーブルに置いた臨也はふっくらとした胸を両手で寄せてあげて見せた。Vネックからやわらかそうな塊の双丘が見える。見えるが。
「そうですか……?」
臨也が言うほど質量があるとは思えず帝人は首を傾げた。そんなもんじゃないだろうか、と思う帝人に臨也がむ、としたように言い返した。
「そうだよ、これだってDカップはあるんだからね。そりゃまぁ……帝人君がいつも一緒にいる子ほどはないけどさ」
「!」
無意識の内に比べていたことを指摘され帝人の顔が一気に赤くなる。
そんな、別に園原さんと比べたりなんて、と言い訳をしても臨也はにやにやと楽しそうに笑うだけで取り合ってくれない。
「そ、それよりも!」
「んー?」
自分に不利な話をするより、と半ば強引に帝人が話を元に戻す。
「何かあったんですか?」
よもや実は臨也が女だったということはまずありえない。それは帝人が一番よくわかっている。何度も裸を見たことがあるし、風呂にだって(半ば強引に)一緒に入らされた仲だ。
突然性別が変わるなんて現実的に考えてありえないと思うが、池袋ではありえないということがありえない。それが帝人が期待していた以上のものを見せるこの街での常識だった。
「ちょっとおもしろいものを手に入れてさ。試してみようと思って」
帝人の腰から手を離した臨也はまるで見せびらかすようにその場で立ち上がると、ソファの後ろ側にまわりくるりと回って見せた。
「ドラッグの密輸ついでに運ばれたものだったんだけどね。そのルートがバレて……あぁ、もちろん警察じゃなくてこのあたりを仕切ってるこわーいお兄さんに、ってことなんだけど。その人がくれたんだよ」
くれた、というより勝手に薬の売買をしていた輩の情報を売った情報料であろうことは帝人にも予想がついた。ついたが、突っ込むべきところはそこじゃない。
「よ……よく、そんな怪しげな薬飲む気になりましたね?」
「はは、出所はちゃんとわかっていたしね。一応、闇医者にも見せて人体に影響がないことは確認済みだし」
どうやって人体に影響がないことを確認したのか。帝人の脳裏に人体実験という言葉が浮かぶ。
「だいたい三、四時間くらいで効果が切れるみたいでさ。それくらいならちょっと遊ぶのにいいと思わないかい?」
「……はぁ」
遊ぶって何をする気だろうか。
帝人を首をかしげながらも、わざわざ自分を呼んだということは、と微かな期待に胸が高鳴る。
(もしかして、デートとか……?)
今の臨也の身長は帝人とそう変わらない。もともと十センチ差があったのだから随分と縮んだと臨也は感じているだろうが、もう少し小さくても良かったのにと思ってしまう。きっと外を歩くのにヒールの靴を履いたら確実に臨也の方が高くなるだろう。だがそれでも、男同士で腕を組んで歩くなんてことはできるはずもないが、臨也が女性なら話は別だ。もともと整った外見をしていただけあって今の姿も大抵の男性が振り返るであろう容姿をしている。ぎゅ、とくびれた腰だって後ろから見ていたら思わず注視したくなるものだ。
(こんなことなら着替えてから来ればよかった)
帝人の私服なんてたかが知れているが、それでも制服よりはマシだろう。そんなことを思う帝人の顔をソファの背もたれごしに臨也が両手で捕らえた。
「帝人君さぁ、童貞だよね?」
「へ……あ、えぁ?!」
脳内でデートコース(クラスメイトから聞いたりネットで見た知識だ。本当は目の前の相手ではなく園原杏里と行くことを前提としたものだったが)を検索していた帝人は臨也の言葉に間の抜けた声をあげた。
「違うの?」
「ち、ちがわない、です、けど」
しどろもどろと言った様子で応えた帝人に臨也は満足そうに笑った。
「だよねぇ。もし違うなんて言われたら、事細かにそのことを聞かないといけなくなる」
「はぁ」
どうして事細かに聞かないといけないのか。一応付き合おうと言われてこの関係に落ち着いているが、今までの経験を気にするような間柄ではないはずだ。
それを帝人がたずねるよりも早く臨也はちゅ、と音をたてて帝人の唇にキスをした。
「甘楽ちゃんが太郎さんの童貞、もらってあげます」
臨也さん、リアルで甘楽さんごっこはやめてください、と帝人は言うことができなかった。臨也が帝人の頬から手を離し、後頭部を掴んで再度唇を押し付けてきたからだ。今度は触れるだけのものではなく、いつもしているようなねっとりと舌を絡み合わせるそれにびくりと帝人の身体が震える。
「ん……う、………っ」
帝人の反応を心得たように臨也はぐいぐいと体重を帝人の方にかけた。背もたれを乗り越えて臨也が帝人の身体を押し倒す。ころりとマグカップが帝人の手から離れて転がった。それを視界の端にとらえながら、中を飲み干しておいてよかったと思いつつ帝人は臨也の肩を掴んだ。
「い、ざや、さ……、待、んぅっ」
「待たない」
息継ぎのために唇が離れる隙を狙って臨也を止めようとするが敵わず、帝人は四つんばいの美女にソファに押し倒されるなどという世の男子高校生なら一度は夢を見るシチュエーションにもつれ込まされた。
キスを止めるだけであれば、いつもなら少し相手が痛みを覚えるくらいの力で舌を噛むくらいのことはする。した後報復もされるが、それでも自分の意思を無視して事に及ぶことは帝人にとって許せるものではない。
だが今は状況が違う。ベースは同じとは言え今眼前にあるのは女性の顔だ。男として女性を傷つけるのは、と帝人のささやかなフェミニスト精神が臨也の傍若無人とも言える行為を止めることができなかった。
(それに、脚が!)
女性の身体というのは当たり前だが男性よりやわらかくできている。口内をいつものように荒らす舌にびくりと足が震えると、やわらかな女性の腿に当たる。できるだけ身体を動かさないようにしようとしても臨也は帝人が口内のどこに触れば感じるかなどということは熟知しているようだ。上顎を舐められたり、舌先を緩い力で食まれれば制御しようとしても身体が勝手に震えた。
主導権ををとられているせいでうまく息継ぎができない頭がぼーっとしてくる。
臨也が慣れた手つきで帝人のブレザーを脱がせ、シャツのボタンを外すころにはもうこのまま流されてもいいんじゃないだろうかと思えてきた。
(だって、こういう経験ってなかなかできるものじゃないし)
そんな帝人の思考を読んだかのように臨也が唇を離す。はぁ、と満足気な吐息をこぼす唇は男性のときにも思ったが、やたらと色気を多分に含んでいた。
「帝人君ってさぁ」
するりと臨也の手が前の開いたシャツの中に滑り込む。平べったく薄い自分の胸より今の臨也の胸のほうが触りがいがあるだろうに、と酸欠気味の頭で考える帝人に臨也は喉で笑いながら、視線を合わせたまま至近距離で囁いた。
「本当にキス好きだね?」
「……っ、そんな、こと、あっ、ん」
ないと言うよりも早く臨也の指が胸の突起を捉える。
臨也曰く、乳首が性感帯となる男性は五十パーセントの確立なのだそうだ。それのソースはなんですかと問い詰める帝人に臨也がパソコンを指差したことは苦い記憶として残っている。実際検索したところ、開発することである程度感じるようにはなるが素質も必要なのだと、その素質は五割の確立なのだといった情報を見つけたときは頭を抱えてしまった。
だが五割なら臨也さんだって、と主張する帝人に、やってみれば? と飄々と返した臨也の胸を自分がされているように触ってみたが反応はなかった。むしろあくびまでする始末。
触り方が悪いのかと悩む帝人に、俺不感症なんだよねぇ、と言った臨也の顔は簡単に忘れられそうにない。軽くトラウマだ。
「キスだけじゃなくて、ここも好きだものねー?」
わざとらしく語尾を伸ばして、まるで小さな子に言い聞かせるような言い方にひくりと帝人のこめかみがひくつく。
目の前の相手をにらみ付けると帝人の反応を楽しんでいるような視線を返された。
帝人は今までソファに爪をたてていた手を臨也に向け、突起を触る手には向かわず少し視線を下にすれば目につく柔らかな胸のふくらみをとらえた。
臨也は片手で自分の身体を、もう片方の手で帝人に触れているためそれに抵抗することはできない。できないが、する気も元からなかったようだ。むしろ笑みを浮かべるとぐいと上半身を倒してそのふくらみを押し付けてきた。
「あっは、どう? こんな風に女の子の胸触るの初めてじゃないの?」
図星であるその言葉に帝人はぐ、と言葉に詰まりながらもふよふとやわらかいそれを掴む手に力を込める。
(どうせ臨也さんにとってはたいしたことじゃないんだろうけど)
どのように触ればいいか迷いながらも、服越しに触れる帝人に何を思ったのか唐突に臨也が上半身を起こした。
ぺたりと帝人の腰の上にまたがったままVネックのシャツに手をかけ、一気に脱ぐと裸の上半身があらわになる。
そのあらわになった上半身に身につけられたものを見て帝人はひきつった声を出した。
「い、臨也さん……それ」
「あぁ、これ?」
ご丁寧にブラジャーを身に着けている臨也に帝人は半眼を向けてしまう。今は女性とはいえ、元は男だというのになぜブラジャーなんてものを持っているのか。
(そもそも考えてみれば、今着てる服ってどうやって手に入れたんだろう)
視線だけで帝人の疑問がわかったのか臨也はそんな目で見ないでよ、と前置きをしてから口を開いた。
「持つべきものは優秀な秘書だよね」
その一言だけで波江の受難がわかる。男の上司が突然女になった上、着るものまで用意しろと言ったのだからさぞかし気分の悪い仕事をしたことだろう。それでも一応、見られる格好になるような服とサイズの合った下着を用意するあたりが臨也の言うとおり優秀な秘書である証なのかもしれない。
「帝人君、ホック外してみたい?」
両腕で見せ付けるようにふくらみを寄せた臨也に、いえ、と固い声を返す。普段なら冷たい視線の一つでも投げるところだが、帝人は今それよりもぐっと寄せられた胸に目を奪われていた。
「そう?」
それがわかっているだろうにわざわざ質問する臨也の意地の悪さなんか今更だ。
両手を背中にやった臨也はホックを外すと肩紐をするりと下ろし、両手だけでブラジャーを押さえてみせた。そういった妙に魅せるための……いわゆるアダルトビデオのような演出をしてくるあたりがこの人らしいと暴走しそうになる思考を押さえつけるように考える。
(だってどれだけ色っぽくても臨也さんだし!)
興奮すること自体おかしい、と冷静な思考で考えればわかるはずなのにするりと下ろされた手の下から現れた二つのふくらみに勝手に喉がコクリと鳴る。
そんな帝人の様子を臨也は笑って上から見ていた。
「ほら、帝人君」
ゆっくりと上半身を倒し先ほどと同じ体勢になると臨也は帝人の手を自分の胸に触れさせた。
どこまでも余裕のある態度を崩さない臨也に思うことはあるものの、帝人は促されるまま柔らかな膨らみをそっと掴んだ。思っていたより柔軟に形を変えるそれに興奮しながらも、ちらりと臨也の方を向くとやはり想像したとおりの、余裕をくずすことのない微笑みがそこにあった。
本人が不感症と言うとおり、女性になってもそれは変わらないんだろうかと思いつつも、臨也の真似をするように胸の突起をゆるい力でつまむ。
「ん……っ」
「!」
眉間に皺を寄せた臨也が小さく呻いた。それに思わず固まってしまった帝人から顔を隠すように臨也は身体を倒し、ぺたりと上半身を裸の帝人の胸に押し付ける。帝人の手が間にはさまった状態だ。
「臨也さ、」
「知ってる帝人君?」
帝人の言葉を止めると臨也は立て板に水とばかりに話し出した。曰く、女性の皮膚は男性より薄いので敏感なのだかとかそういったことを語る口を止めるべく、帝人が少し手に力をこめると甘い吐息が臨也の口からこぼれた。
それは帝人にとってはとても新鮮で、何より悪くないと思わせる反応だったが臨也にとっては違うらしい。
もう、と少し拗ねたような声も女性のものならかわいらしいとさえ思える。
自分の手で相手の反応を引き出せることに知らず口角が上がるが、帝人の肩口に顔をうずめている臨也にはそれは見えなかった。
「臨也さんも気持ちいいんですね」
少し優位に立ったような気持ちからそう言うと臨也がくすりと笑う。息が耳にかかってくすぐったいと苦情を言うと臨也はちゅ、と頬にキスした後真正面から帝人と目を合わせてきた。
「……帝人君」
甘ったるい声に似つかわしい上気した頬を見つめ、きっと自分も同じような顔をしているんだろうと思いながら帝人は何ですか、とかすれた声で問い返す。
「下、脱いで?」
細い指が誘うように帝人の下肢を撫でる。はしたなく膨らんでいるそこを布越しに爪をひっかけるようにされると意図しない声が喉から漏れた。
「ここもう窮屈だろ?」
「ちょ、いざやさん!」
そんな帝人の反応に気を良くしたように臨也は腰を上げ、ズボンのファスナーを下ろす。
下肢をまさぐろうとする臨也の手を慌てて止めようとすると、何で? と聞かれた。
「まさかこんな状態で、ここでやめるなんて言えないよねぇ?」
「う……あ、んっ」
下着越しに少し強い力で握られる。その刺激に反応して自分のものが硬くなるのが帝人にもわかった。口から出る息は荒く、ねぇどうするの、と楽しそうに尋ねる臨也からそろそろと視線をそらす。
帝人が止めたせいか臨也はぐにぐにと下着越しに撫で回すだけでズボンのホックを外そうともしてくれない。
きゅ、と帝人は唇を噛み締める。それを見た臨也がまた頬に唇を落とし、耳元に口を寄せた。
「女の子に脱がされるのが気に入らない?」
それなら、自分で脱いでごらん。そう耳元で熱のこもった声で言われ帝人の背筋がぞくりと震えた。
(そんな声出すなんてずるい)
臨也はどんな姿であれ、自分の魅力をどうすれば一番引き出せるのかよく心得ている人間だ。わかってはいるが、それに乗せられるふがいない自身に帝人はため息を吐きたくなる。
しかしため息をついたところで現状が変わるわけでもない。帝人は視線をそらしたまま自分のホックを外し、少し腰を浮かせてそろそろとズボンずり下ろす。
そんな帝人の行動を見ながら臨也はいい子、と囁くと細い足でズボンを帝人の足から蹴るようにして外し、ソファの下に落とした。
「いい子の帝人君にはご褒美をあげる」
ご褒美って、犬じゃあるまいしと心中でだけ反論する。口に出したらまた面倒くさいことを言われそうだと思ったからだ。
身体のラインをたどるように撫でながら臨也は帝人に両足を広げるよう促し、その間に腰を下ろした。
「ふふ、元気だねぇ」
つんつんと下着の上から帝人のそれをつつく臨也を蹴り飛ばそうかと帝人は思ったが、思うだけだった。
こういった事の最中に臨也が帝人の反応をからかうのは常のことで、それに対して何か抵抗しようとしてもそれすらも臨也を喜ばせるだけのものらしい。それに女性を蹴り飛ばすことなんかできるわけがない。
帝人は自分の顔を隠すように両腕を顔の前で交差させ荒い息を誤魔化す。
それに臨也は特に何も言わず、小さく笑ってから帝人の下着に手をかけゆっくりと下ろした。
足を開いているせいで太ももの半ばより少し上のところでひっかかる。これももういっそ自分で脱いだほうが早いだろうと帝人が起き上がるよりも先に、臨也はよいしょ、と小さく声をかけてから上半身を帝人の下半身の上に倒してきた。
「……? 臨也さん?」
交差している腕の合間から伺うようにそちらを見ると、たちの悪い笑みを浮かべた臨也と昂ぶった自身が目に入った。
そんな光景は珍しいものではないが、女性となった臨也がそうするとまた別の破壊力がある。
赤い舌で自分の唇を舐めた臨也がぎゅ、と胸の膨らみを寄せた。
「いいい、いざや、さ! ん!」
ふにゅりと帝人のものがその膨らみに挟まれる。感触よりもその光景に帝人は驚き、咄嗟に上半身を起こそうとした。したが、ちゅ、と臨也の唇に先端を吸われあえなくソファに逆戻りとなった。
「こういうのって童貞なら夢見るシチュエーションじゃない?」
幹を胸で擦られ、先端の穴をつつくようにとがらせた舌で刺激されとろとろと先走りが溢れる。
「え、あ、うっ……あっ」
「実際自分からパイ擦りしてくれる女の子なんてなかなかいないよ? 良かったね、帝人君」
臨也の言葉に意味のないあえぎ声しか返せない。敏感なそこを舌が這い回り、それのせいで中途半端に開いた足がびくびくと震える。
正直に言ってしまうと普段の臨也から与えられる口淫のほうががもっと激しい。帝人のものを口に含んで、一番感じるところをわざと外すような舌の動きに翻弄されて、気づけば自分でもどうかと思うようなはしたにことを口にのぼらせることもあるくらいだ。
だがこの行為は臨也の言うとおり、多感な男子高校生にとっては十分妄想のおかずになるくらい夢のシチュエーションだ。与えられる刺激だけではなく視覚効果で昂ぶるのは若さの証拠かもしれない。
「いい反応だね」
胸で挟んだ状態のまま臨也は一度帝人のものから口を離し、自分の指を口に含んだ。
まるで指を帝人のものに見立てかのようにねっとりと舌が白魚のような指を這う。視覚で与えられる刺激に帝人の腰が震えた。
それを間近で見ていた臨也は唇の端を上げると指を吐き出し、また帝人のものに口をつけた。
「う、あ……あっ、んうっ」
粘着質な音をたてて先端を吸われると達してしまいそうになる。
だがあまり早く出すのもどうなんだ、となんとかその感覚とやり過ごそうとしたときだった。
「ひっ?! や、あぁっ!」
唐突にずぶりと後孔に何かを押し込まれた。
何かもない、おそらく先ほど臨也がしゃぶっていた自分の指だろう。
「や、やだ、臨也さ……っ、何で、あぅっ」
ぐにぐにとほぐすようなその動きはいつもされていることだ。されていることだが、どうして今そんなことをされないといけないかわからない。
(何で、だってい挿入するのは僕の方なのに!)
混乱しながらも的確に帝人の性感をあおる指の動きに嬌声が止まらない。
「何でって何が?」
臨也は何故帝人が不審がっているのかわからないとでも言うように首を傾げ、指を動かすのをやめてくれない。
「だ、って、あ、やぁ……っ」
後頭部をソファに押し付けながら、絶え絶えに帝人はそこをほぐす必要性がどこにあるのかと問いかけた。むしろそうしないといけないのは臨也の方ではないのかと尋ねたその声に、不穏な動きをしている指を止めないまま臨也が答える。
「え、だって帝人君こっちいじってあげないとイけないだろ?」
「!!!」
そんなわけあるか、と敬語も忘れて帝人は叫びたかった。だが実際口から出たのは悲鳴に近い喘ぐ声でしかない。
「ち、ちが、そんな……んっ、あっ」
(なんで僕がそっちいじられないといけないことになってるんだ、そんな変態になった覚えなんかないのに!)
帝人にとっては臨也と付き合っているとは言え同性愛者になった覚えはない。だから後ろをいじられないとイけないという臨也の言葉はただ帝人にとって自分の名誉を著しく傷つけるものだった。
「ちがい、ます……っ」
なんとか否定の言葉を吐き、臨也の指を止めようと上半身を起こす。しかし帝人が行動するよりも先に臨也はぴたりと蠢かせていた指を自分から止めた。
それにほっとした帝人は臨也の顔を見た瞬間、自分の頬のあたりがひくついた。
極上の、と言ってもいいくらいの微笑みを浮かべた臨也と目が合う。
「違う? へぇ、違うの? 帝人君はこっちいじられなくてもイけるって?」
「あ、当たり前です」
その顔に嫌な気配を感じながらも言い返す。
「当たり前、ねぇ……」
臨也は中に指を突っ込んだまま上半身を起こした。何をする気かと身構える帝人に対して臨也は笑みを深くするとぎ、と前立腺に爪をたてた。
「い゛っ、あ、あぁぁっ」
その刺激にあおられるまま勢いよくソファに背中から倒れこんでしまう。後頭部の痛みよりも中から与えられる刺激をなんとかして逃しそうとする欲求が勝ち、身体が勝手にのけぞった。
「気に入らないなぁ、これだけしてやってるのにまだ前の刺激だけでイけるとかさ」
手ぬるかったかな、と独り言を呟く臨也の声は突然の強い刺激に悲鳴をあげる帝人には聞こえない。
臨也はふ、と吐息を吐くと帝人の中に押し込んでいた指増やし、中を、特に前立腺を乱暴に刺激しながらもう片方の手で帝人のものをしごいてやった。
「あ、いや、やっ、んうぅっ」
びくびくと腰を震わせながら帝人が達すると臨也は最後の一滴までしぼりとるように指を動かし、どろりとした白い体液が出なくなっても中から指を出してくれなかった。
「やだ、いやっ……いざやさ、やめ、」
「帝人君さぁ」
引きつった泣き声混じりの帝人の訴えを無視するように臨也が口を開く。
「何で後ろいじられなくてもイけるってわかるの? 一人でこれ擦ったりとかしてるの?」
中を広げるような指の動きにまた帝人の口から高い声が上がる。
(何、臨也さんなんでこんな、怒って)
理不尽な怒りをぶつけられたとしか感じられない帝人は臨也の問いかけに答えることもできないまま嬌声をあげることしかできない。
臨也も帝人が答えることは期待していなかったらしく、まあいいけどさ、と自分から問いかけたくせに自己完結するような呟きを漏らした。
「後ろいじる必要がないっていうんなら、今からそうなるようにしてやるよ」
口は笑みの形を浮かべているのに瞳は獰猛な意思を表すように笑っていない。
そんな臨也が、帝人の途切れ途切れになりながらも結構です辞退しますという訴えを聞くはずが無かった。
ぐったりとソファに懐きながら帝人は痛む腰をさする。
衣服は皺になっているがきちんと整えた状態だ。ブレザーくらいは脱いでおいてもよかったかもしれないと思いつつも、心中は憤りに溢れていた。
(理不尽だ、意味がわからない!)
何が臨也を駆り立てのか、あの後延々中をいじられ、指を抜いてソファから立ち上がった臨也がどこからか持ってきた、いわゆる大人の玩具とやらを突っ込まれた。
俺のより細いんだから余裕で入るだろ、という臨也に主張に抵抗したが女性となっても臨也は臨也だった。なんとか逃げ出そうとする帝人をうつぶせにしてソファに押し付け、腰だけ高くあげさせた状態でぐりぐりと玩具で弄ばれた。
当初の予定とだいぶ異なった結末に帝人はボス、とソファを殴る。
(結局いれさせてもくれなかったし……)
臨也は何度か帝人をイかせた後、ちらりと時計を見てから唐突に立ち上がりドアの向こうに消えてしまった。腰がくだけたように動かない帝人はただその後姿を見送ることしかできなかった。
しばらくしてから水音が聞こえてきたからシャワーでも浴びているんだろう。おそらく、戻ってくるころには女性ではなくいつもの姿になっているに違いない。
(痛……くはなかったけど、どうして僕がこんな目にあわないといけないんだ)
はぁ、と重いため息を帝人が吐いたのと同時にドアが開く。
そこから姿を現したのは帝人の予想とおり、男性の姿に戻った臨也だった。黒いシャツに黒いボトムというのもいつも通りだ。
真っ白なタオルで髪をふきながら不満をぶつけるように睨み付けてくる帝人に臨也は笑いかけた。
「帝人君、喉渇いたろ?」
ちょっと待ってて、と言ってから臨也はローテーブルに乗っていた自分のカップと床に落ちた帝人のマグカップを拾いキッチンに立った。
帝人はどうやって文句を言ってやろうかと思考をめぐらす。
普通に苦情を言ったところで臨也に口で勝てるわけがない。なんとか自分が受けた屈辱を思い知らせてやりたいと思うくらいに、帝人にとって今回のことはただ理不尽だと感じる出来事でしかなかった。
そんな眉間に皺を寄せている帝人の隣に先ほどと同じように臨也はカップを差し出しながら座る。
「ごめんね、帝人君」
「…………謝ってすむと思ってるわけじゃないですよね」
「うん」
しれっと応える臨也を半眼で睨みながら帝人は受け取ったマグカップに口をつけた。
散々声をあげさせられていたせいで喉はからからだ。火傷しない程度に暖かい並々と注がれていたホットミルクを一息に飲み干し、音がしそうな勢いでローテーブルに空のマグカップを置く。
「一体何を考えてるんですか」
「うん?」
「そもそも臨也さんが仕掛けてきたことじゃないですか、頼んでも無いのにのしかかってきておいて」
「うん」
滔々と帝人は臨也への不満を述べ続ける。珍しいことに臨也は言い返したりせず、ただただ帝人の言葉に頷くだけだった。
臨也の表情さえ見えなければただ反省しているように帝人も思えただろう。だがこれだけの至近距離なのだから表情がわからないなんてことはあるわけがない。
「……なんで」
何で笑ってるんですか、と言おうとした途端、くらりと視界が歪む。
(………?)
その眩暈を振り払うように左右に頭を振るとすぐにその眩みは治まった。先ほど無理をさせられたせいで身体が悲鳴をあげているのかもしれない。
そう思った帝人がさらに臨也に文句を言おうと声を出そうとしたが、臨也が眉間に皺を寄せているのを見て口をつぐんでしまった。
「……なんですか?」
「ん? いや、ちょっとね」
臨也はまるで値踏みでもするように帝人の姿を上から下まで見ながら自身のカップを帝人のマグカップの隣に置いた。
ふうん、と呟く声に帝人は嫌な気配を感じた。
「……帰ります」
「まぁ待ちなって」
立ち上がろうとした帝人の腕を掴んで臨也が引き止める。
(………あれ)
臨也の腕はこんなに大きかっただろうか。先ほどの女性のときと比べて大きいのは当然だが、なんだか違和感がある。
それを確かめようと掴まれた腕に視線をやろとした瞬間、臨也の手が帝人の懐に差し込まれた。
正確には、唐突に胸を掴まれた。
「?!」
「あー、なるほどね」
臨也の行動には驚いたが、それ以上に自分の胸元に掴むほどの質量があることに帝人は悲鳴をあげそうになる。あげなかったのは先ほどまで臨也が女性になっていたことと、どうして臨也が自分を女性化させることを予想しなかったのかと自分の迂闊さをののしりたかったからだ。
「い、臨也さん!」
「帝人君、なんか発育悪そうだもんね。まさか女の子になってもあんまり変わらないとは思わなかったよ」
臨也の言う通り、今の帝人の姿は一見してさほど変わったようには見えない。だがわずかならも膨らんだ胸は見間違いようもなく、するりと撫でられる腰のあたりも若干肉がついたように感じる。
「髪も俺のときは伸びたんだけどね? あぁ、でもこの長さのほうが帝人君らしいよ」
腰を撫でている手とは反対の手が頭を撫でる。
その手を音がたつほどの力で叩いて振り払った。
「何考えてるんですか!」
自分の髪や頬、胸を触りつつ確認しながらとんでもないことをしてくれた臨也を睨みつける。
「別に? 最初から帝人君にも飲ませてあげようと思ってたからそうしただけだけど」
「は……?」
たちの悪い笑みを浮かべながら、一応帝人に飲ませるものだからと自分の身体でも実験してからこうやって飲み物に混ぜたのだと、まるで思いやりに溢れた行動をしたと言わんばかりの言い分を臨也は口にした。
もちろん帝人がそれを納得するわけがない。そもそも思いやりがあるのならこんな妙な薬を飲ませるはずがない。
「ほら、女が感じる快感って男が受けたら失神するレベルだって言うじゃないか。それの真偽を知りたくてね」
「だったら自分の身体で試してみたらいいでしょうが!」
正論である帝人の言い分に臨也は肩をすくめると、だって俺は帝人君みたいに敏感じゃないし、と答えなのかそうじゃないのかわからないことを言い出した。
「真実を知りたくなるのは人間として当然の欲求だろ?」
「僕を巻き込まないでくださいっ」
怒声に対して臨也は特に何も感じないのか両手で帝人の腰を掴んだ。
「はは、本当に発育悪いね」
「……っ!」
反省のかけらも見えない態度にいらだった帝人が頬を殴ろうとしたがそれを簡単に止められる。男のときだって臨也に腕力で勝てた試しはなかったのだから、性別が変わった今では当然力で適うはずもない。
それがわかっているであろう臨也は視線で人が殺せたらとばかりに睨んでくる帝人に顔を近づけた。
「大丈夫だって、俺は帝人君と違って女の子相手も初めてじゃないし」
気持ちよくしてあげるよ、その身体もね、と囁かれた瞬間、今まで怒りを感じていた帝人の中に何か冷たい意識が上ってきた。
ぐいと腰を引き寄せられ身体をソファに仰向けに押し付けられる。
下から睨みあげる無駄に整った臨也の顔を睨みつけながら、帝人は目まぐるしく思考を働かせる。
(たぶん、キッチンに)
飲み物に薬を混ぜるところを帝人は見ていない。それならキッチンでいれたのだろう。
それが入っている容器の形は瓶なのか、別のものなのか、薬の形状は粉なのか液体なのか。混ぜやすさで言えば液体だろうが、ドラッグに紛れ込ませたのなら粉なのかもしれない。
(……いくら考えたところで実物を見てみないことにはわからないか)
そう結論づけた帝人は上から楽しそうに帝人を見下ろす、人としての道理をどこかに置き忘れてきた男の股間に向けて思い切り足を蹴り上げた。
終わり