お隣さんちの臨也くん







「みーかーどぉーくん!」

 声と共にドンという衝撃が背中にぶつかってくる。いつもの挨拶に苦笑しながらも振り向くと愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた、お隣さんの息子がそこにいた。

「おかえりなさい」

 ぐりぐりと背中に顔を押し付けてくる自分よりもずいぶん下の位置にある頭をなでると、それに満足したのかしがみついていた僕の腰から手を放し隣に並んだ。するりと彼の右手が僕の左手に絡みついてきたのでいつものように手をつないだ。
 ランドセルを背負った彼ももう小学校高学年なのだから、こんな小さな子のように帰宅時に手をつないでもらいたくないのではないか、と以前思った僕がそう尋ねると

「ぜんぜん! そんなことないよ」

 帝人君の手、あったかいから好き! そう子供らしい笑顔で言われた。キッズアイドルにすぐにでもなれそうな容姿の持ち主のその笑みは本当に彼をよりいっそう際立たせるからおそろしい。身長も平均より少し小さいし(人のことは言えないけど、僕だってまだまだ成長期だ)こんな笑顔を振りまいていたら変な人に簡単に誘拐されてしまいそうだ。
 彼の親もそれを心配していたのか、僕が中学に上がって一年経ったときにちょうど小学校に入った彼の登校を一緒にしてやってほしいと頼まれた。中学校に向かう道の途中に小学校があったからだ。だけど、僕と同じ時間に家を出るとなると少しばかり早く小学校についてしまう。それより近所の小学生と一緒にいたほうがいいんじゃないかと思った僕に彼本人が、僕と一緒がいいと言ったのだ。ランドセルを始めて背負った彼の外見はどう見てもボーイッシュな女の子そのもので(ランドセルが真っ黒なのにもかかわらずだ)、それもとびきり愛らしいのだからそんな子供に慕われて悪い気はしない。
 さすがに下校時は近所の子と帰っていたけど、僕が高校に入ってからも一緒に途中まで登校する習慣は変わっていない。
 最近はテスト前だから僕の帰宅も早く、高学年で授業が増えた彼との下校時間がかぶることがある。今日もそうだ。ついでに昨日もそうだった。特に待ち合わせをしているわけじゃないのでぴったり同じ時間というわけじゃないが、たいてい彼が僕の後姿を見つけ、名前を呼びながら走ってくる。

「あのね、今日学校でね」

 目をキラキラさせながらクラスで何があっただとか(教卓が教室の一番前から後ろまで飛んでいったという話題はわりとよく聞く。誇張だと思っていたがそうではなく、クラスに力の強い子がいるらしい。よくその子と喧嘩するというから心配だ)そういったことを話す彼に相槌を打つ。
 彼の家には一年前から、双子の妹たちがいる。彼の妹らしくかわいらしい双子だ。彼の母親はその双子の世話に忙しいそうなので、こうやって自分の話を聞いてもらう機会もあまりないのかもしれない。
 幼馴染の正臣曰く、目の前で話す彼はいろいろとやっかいな噂を持っているそうだが噂なんて尾びれ背びれがついているに決まっている。こんなに小さくて笑顔がまぶしい子供が学級崩壊の原因を作ったり、クラスの子をいじめたりしているということを聞いたって簡単に信じられない。なんせ毎朝一緒に登校すること三年だ。今年で四年目になる。それだけ一緒にいて僕は害を被ることはおろか、懐く彼に癒される日々だ。正臣が聞いた噂も何か誤解が生じているんだろう。

「ねぇ、帝人君聞いてる?」
「え……あ、ごめんね。何かな」

 ぶぅ、と頬を膨らましてわかりやすく拗ねる彼にもう一度ごめんと謝ると、きゅ、と眉間に皺を寄せてからうつむいてしまう。
 そんなに真剣な話をしていたのかと慌てる僕に、小さな声が不安そうに、相談があるんだと言われた。

「相談……?」

 問い返すと小さな頭がコクリと頷く。ランドセルの肩紐を握っている手に力をこめて、悲壮ともいえる様子で帝人君しか相談できる人がいなくてと言った。

「どうかしたの?」

 促しても彼は何も言わずに僕の手を握る力をこめるだけだった。
 正直、彼からの相談には少なからず驚いていた。昔から頭の回転が速く、次々に出てくるこの子供の発言というのが一見一貫性がないように見えて実のところ妙な筋が通っている。理路整然とあたかもそれが真実であるかのような彼の理論にいつの間にか巻き込まれていたというのは僕だけじゃなく、彼の周りにいる誰もが体験していることなんじゃないだろうか。
 僕は特にそれで嫌な思いをした経験はない。むしろこの子供の立て板に水のようにまくし立てる理論が楽しいと思うくらいだ。
 そんな彼が他人に相談、というのがいまいちピンとこない。彼なら相談なんかしなくても自分で考えて、知らないことなら調べて(いまどきの小学生ならパソコンなんて簡単に扱える)自力でどうにかできるだろうに。それとも調べてもよくわからないことだったんだろうか。
 そんな彼が持ちかけてきた相談には少なからず興味を引かれた。一体どんなことを言い出すんだろうと少し、不謹慎かもしれないが胸を躍らせながらもくもくと歩く彼の言葉を待つもなかなか口を開かない。
 そうこうしている内に家の前に着いてしまった。抑えきれない好奇心のまま彼の前にしゃがみこむ。

「言いづらいこと?」

 首肯。

「じゃあ僕の部屋で話する?」

 そうたずねると今までうつむいていた顔がパっと上がった。安心したようなその顔に自然と笑みが浮かぶ。

「それじゃあランドセル置いておいで」

 ちゃんとおばさんに、僕の家に行くって言うんだよと注意した僕の声に頷きを返してから彼は隣の家のドアに入っていった。その後姿を見送ってから自分の家の門扉を開け、玄関のドアノブを回すと鍵がかかっていた。そういえば今日は母は出かけると言っていたような気がする。夕飯までには帰ると言っていたからあまり気にしていなかった。
 鞄から自宅の鍵を取り出し、鍵穴にいれたところで隣の家のドアが開く音と軽い足音が聞こえてくる。
 家のドアを開けてから振り向くと、少し息を切らせた彼がそこにいた。慌てて出てきたらしい彼に笑いかけながらおいで、というように手をこまねいた。





「それで、相談ってどんなこと?」

 二階の僕の部屋に通し、冷蔵庫から持ってきたお茶を手渡しながら聞くと彼はにこ、と笑みながら自分が座るベッドの上をぽんぽんと叩いた。隣に座れってことだろうか。
 グラスを持った彼は僕が隣に座ると小さな声で、あのね、と言った。

「……、……だ……る?」
「え?」

 声が小さすぎて聞こえないので耳を寄せるとぐ、と彼が僕の方に近づいた。
 耳元で名前を呼ばれる。吐息がかかる距離に驚き少し離れようとしたが腕を掴まれた。離れないでと言われているようで動くこともできない僕の耳に彼は囁いた。

「……俺、最近ここから変なのが出るんだ。どうしてなのかわかる?」

 ここ、のことがよくわからない。一体どこのことを言っているんだろうか。鼻や耳だったら耳鼻科に行ったほうがいいんじゃないだろうか。
 そう思って部位を聞くと目の前の彼の頬が赤らんだ。え、何で、と問うより先にわかった。恥ずかしそうに脚を……正確には脚の間の、股間の上に手を置いていたからだ。

「え……え、っと……」

 一瞬何を言われたのかわからなかったが、どもる僕に不安を覚えた紅い瞳がおそるおそるというように僕を見上げた。

「最近変なんだ、朝起きたら、白いのが出てることもあって」

 俺、病気なのかなぁ? と僕の腕をつかんだまま彼が問いかけてくる。目がうるんでいるように見えるのは気のせいじゃない、と思う。

「病気ならどうしよう、やっぱりここをお医者さんに見せないといけないと思う?」

 黙っている僕に彼は質問を重ねる。突然のできごとに固まっていた僕を、帝人君? と呼ぶ甘い声が現実に引き戻した。

「え……あ、あのね、それは別に病気じゃなくて、ね」

 なんと言ったものだろうか。朝起きたら白いのが、というのはたぶん夢精した話だろう。僕が始めて出したときはどうだったかなと思い返すも、そのときにはすでにそういった知識は持っていた。持つべきものはませた親友である。

「病気じゃないの?」

 今までの怯えた表情から一変して彼はほっとしたように笑った。その笑顔に何度も頷き、さて、なんと言ったものかと考えながら口を開く。

「それは誰でも……男なら誰でもある年齢に達すると性的なことに反応してなる生理反射だよ」

 だから心配しなくてもいいよと締めくくる。あいまいな物言いだけど彼に直接的なことを言うのはためらわれた。そのうちきっと、クラスの子からそういう話が出るだろうし、別に僕が言う必要なんかないよねというのが本音だ。
 だからこれでこの話は終わりにしようとしたのに彼は愛らしい笑顔でとんでもないことを言い出した。

「じゃあ帝人君もなるの? ここから白いの出たりする?」
「ひ、ちょ……っ」

 唐突に彼は僕の急所に手を押し当ててきた。あわててその手を握り引き剥がすと、どうして嫌がられるのかわからないと言った様子で首を傾げられる。

「ここは簡単に触ったりしちゃ駄目だよ」
「どうして?」
「どう……どうしてもだよ」

 きょとん、という音が似合いそうなその顔は本気で何を言われているのかわかっていないように見える。そりゃあ昔は、彼がもっと小さいころは、彼の両親の帰りが遅いときなんかに一緒にお風呂に入ったこともあるし、そのときに体を洗ってあげたことだってある。彼が僕の背中を流したこともあるのだから、彼にとってはそれの延長みたいなものなんだろう。
 だけど今の会話の流れからここを触るのは体の洗いっことはわけが違う。
 そういったことを説明しようとしたが、僕を見つめる彼の眉間に皺がより、目がどんどん潤んでいった。

「帝人君、俺に触られるのそんなにいや?」

 そうじゃない、触られるのが嫌なわけじゃなくて、いや確かにそんな場所を触られるのは嫌なんだけどこれは彼だからというんじゃなくて、としどろもどろになりながら説明する僕に彼は、じゃあ俺のこと嫌いになってない? と泣きそうな声で聞いてきた。

「当たり前だよ、嫌いになるわけ、」

 ない、と最後まで言うより先に小さな体が僕に抱きついてきた。勢いに押されるままベッドに転がる。

「良かった、帝人君に嫌われなくて!」

 ぎゅうと頬をくっつけてくる幼い仕草にほほえましい気持ちになる。頭を撫でてあげながら起き上がろうとした僕より早く彼は僕の上に跨るように座った。腰、というか、先ほど彼が触ったあたり(それより少し上だけど心情的には真上のような位置だ)に腰を押し付けた彼はにっこりと微笑んだ。

「ねえ、帝人君のも見せてよ」
「何を?」

 問う僕には答えずずりずりと彼は座る位置を移動し僕の腿の上に腰を落ち着けた。
 上体を起こすと笑みを浮かべた彼と目が合う。

「ここから白いのを出すところ!」
「……は? え、ちょっと?!」

 言うが早いか彼は僕の制服のベルトを外し、ファスナーを下ろしてきた。あわててその手を止めようとしたが下着越しにぎゅ、と小さな手のひらに自身を押され、力が抜ける。それでも必死になって彼の両手を握った。

「駄目だよ、こういうのは見せるものじゃないんだから!」

 耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。本当はきちんと目を合わせて彼に説教しないとわかってはいたが恥ずかしさから視線は下を向いてしまっていた。無地のボクサーパンツが下ろされたファスナーの合間から見えているのに眩暈がする。
 だから僕は彼がゆがんだ笑みを浮かべていることはまったく気づかなかった。

「だって……不安なんだ」

 そう彼の口から転がり出る声が、もっと普段のように聞こえていたら僕は彼の表情を見たかもしれない。だけど聞こえてきたのは本当に、心底怯えているような声だった。

「帝人君は生理反応だって言うけど、本当に俺と帝人君が同じかわからないし、でも他の人には見せて、なんて簡単には言えない、から……」

 震えるその声に自分がほだされつつあるのがわかる。目の前の彼は未知の体験に恐怖心があって、それを緩和させてほしいと言っているだけだ。他人と同じだということがわかれば、彼はこんな無茶をしなくなるのだろう。

「わ、わかった……」

 相変わらず彼と視線を合わせることができないまま僕は呟いた。本当? と問う彼の両手を離すと、また僕のものに触ろうとしてきたので咄嗟に触るな! と鋭い声が出てしまった。それにぴくりと彼の指が震える。

「ご、めん……でも、触らないでくれる? 僕が自分でするから」

 厳しい声が出たことに謝罪をしながらも、足の上にまたがった彼にそこを退くように態度で示すとあっさりと彼は動いた。

「うん、ありがとう! 帝人君」

 明るい声に僕が怒鳴ったことをあまり気にしてないとわかりほっとする。あんな言い方をするつもりはなかったけど、さすがにこんなところを触られて平気な顔ができるほど厚顔無恥じゃない。それは彼にもわかっておいてもらわないと。
 さて、でもどうしたものだろうか。
 僕が出すところを見せれば満足するんだろうが幼なじみほど積極的に異性と交遊が持てない僕にとってこういったことをするときには、その幼なじみが貸して(というか押し付けて)きた本やら、パソコンで見る動画なんかをお供にしているけど、まさか彼の目の前でそれを広げることもできない
 想像力を働かせて、とは言ってもたとえば好きな人の痴態を想像しながらなんて僕にはとてもできなかった。いつも一緒にいる彼女をおかずにだなんて、そんなことをしたら明日会ったときに罪悪感で爆発してしまうに違いない。
 脳内にこの間見たグラビア雑誌のモデルの姿を思い浮かべながらそろそろと下着を下ろし、彼の目の前で力のないそれを擦る。最近、というかもともとこういったことを頻繁にしない僕のものはそれだけでゆるゆると立ち上がった。

「ん……ふ、っ」

 頻繁にしないのは決してモテないからじゃなくて、いや別にどうでもいいんだけど、そういえばあのグラビアモデルの写真ってすごい修正が入ってたなぁ、あれだけしちゃうともう写真というより絵に近いような気もすると思考を散らばらせながら一定のスピードで擦る。彼はそれをじっとただ見つめていた。
 世の中には見られることで興奮する人もいるらしいけどどうやら僕はそちら側の人間ではないらしい。むしろ彼に見られていることで緊張してしまう。もうさっさと出して終わらせてしまいたい。
 そんな思いでせっせと自分のものを扱く僕を見ていた彼は、ねぇ、と口を開いた。

「帝人君、今どんなこと考えてる?」
「……?」

 突然の質問に面食らい思わず手を止めて彼を見つめる。ベッドの上でぺたりと女の子のようにあひる座りをしている彼は今まで眺めていた僕のものからゆっくりと僕の方に視線をあげた。
 口だけは笑みの形だったが視線はまるで僕を射抜くようで、ゆっくりと彼の手が僕の頬に触れるのが見えたのに動けなかった。動いたら頭から食われるんじゃないかと考える僕はどうかしている。

「ね、誰を想像した? クラスの子? どんな女なの? その女の痴態を脳裏に思い浮かべたら帝人君のここはこんなになっちゃうの?」

 痴態って、この年ごろの子が使う言葉じゃないだろうと思うが彼ならありうる。含みをもった言い回しを好む彼は語彙が豊富だ。ときどき妙な方向に多いと思うときもあるけど。

「ひっ……や、ちょ」

 僕の顔に触れている手とは逆の手で彼が僕のものをぎゅ、と握った。小さくてやわらかい手が一瞬気持ちいいと思ったことを振り払うように頭を左右に振り、彼の手を握った。

「い、いきなり……なに、触るなって言ってるだろ、や、あっ………!」

 僕につかまれたまま彼はまるで僕の反応を確かめるように指でやわやわと先端を撫でてきた。咄嗟に変な声が出た。他人に触られるのと自分で触るのはこんなに違うのかと思う。

「ね、どうなの?」

 教えてよ、帝人君と僕に尋ねる声はいつもの、声変わりをする前の高い子供らしい声なのに妙に色気を感じるのは僕の下半身がこんなことになっているせいなんだろうか。そうだ、そうに違いない。

「そんな、こと……んっ、関係ないだろ……」

 彼を止めるはずの手は与えられる刺激が気持ちよくてただ添えるだけになっていた。決して心得たような動きをしているわけでもない。むしろ拙いものだ。それでも自分の手とは違う予期せぬ動きに下半身が反応する。
 しかし彼は僕の答えが気に入らなかったのか、突然ぎ、と先端に爪をたててきた。痛みとも快感ともつかないそれは自分の手では決して味わえる感覚ではなく、先端から濃いどろりとしたものが溢れる。

「なに? 痛いのがすきなわけ?」
「ち、ちが……、もっ……あ、あっ、や………はなし、離せ……!」

 先端から出たそれを塗りこめるように先ほどまで僕の頬に触れていた手が動く。
 引きつった声と切羽詰った息を吐き出しながら、はやくこの手を引き剥がさないとと思うのに未知の快楽に引きずられる。
 同性の、それも子供の手でこんなに気持ちいいと思ってしまうんだから、もしセックスをしたらどうなるんだろうと頭の片隅で想像してしまった。そう、例えば彼じゃなくて、この手が僕の好きな彼女のものだったら……。

「んっ……あ、あっ……!」

 そう考えただけで僕自身から粘度の高いどろりとした白い体液が溢れた。それはそのまま彼の手を汚したが呼吸を整えようとしていた僕は僕のものに触れたままの彼の手を引き剥がすことしかできなかった。
 できなかったが、彼が目の前で赤い舌を見せ、べろりと自分の手のひらをなめた瞬間後頭部を殴られたようなショックを感じた。

「何してるんだよ!」

 慌てて彼の手を引き寄せティッシュでぬぐってやる。彼は眉間に皺をよせて、まずいと呟いた。それはそうだろう。誰だって好き好んでこんなもの口にいれたりしない。

「俺と帝人君のと同じか確認したくて」

 にこ、と笑って言う彼に、そうだ、そういえば彼はそういう名目で僕に自慰をしてみせろと言っていたんだっけと思い出す。途中から自分ではしていなかったが、そもそもそれは触るなと言ったのに彼が触ってきたからだ。
 終わってしまったことをとやかく言ってもしょうがないが文句は言わせてもらいたい、と口を開こうとした僕を止めたのは予想外の彼の言葉だった。

「それで、帝人君は誰を想像したの? ……いつも一緒にいる女の子? 園原さん、だっけ」
「……っ、何で、園原さんの名前を、」

 図星を指されて顔に熱が上がる。それでも彼の口から僕の友達の名前が出たことは聞いておかないといけない。正臣ならよく僕の家に遊びに来るから何度か鉢合わせたこともあるけれど、園原さんはそうじゃない。

「何でも何も、この間一緒に出かけてたでしょう? そのときに帝人君が名前呼んでたからだよ」
「…………」

 確かに正臣と園原さんと三人で遊びに行くことはある。でも頻繁なわけではない。彼が見たのがいつのことなのかわからないが、そう一緒に遊びに行くわけじゃない彼女のことをわざわざ覚えていたっていうのはまさか、まさか……。

「……園原さんは年上好みらしいよ」

 思ったより低い声が出た。年上好みというのも単に正臣がいつものノリで園原さんにセクハラまがいの言葉を投げかけ、いつものように園原さんが控えめながらも笑って流したときに『杏里は俺がタイプじゃないっていうのか?! まさか帝人みたいな草食系男子好き? 杏里ったら見かけによらず肉食系! そんな杏里も愛してるぜ!』とものすごくどうでもいいことを言った正臣に園原さんが慌てたように

「い、いえ……私の好みは頼れる人です」

と否定したことを思い出したからだ。……園原さんが否定したのは草食系男子が好きという点であって僕のことではない、と思いたい。
 頼れる人=イコール年上というわけじゃないが、牽制の意味もこめてそう言った。しかし僕の予測に彼は大きな目で何度か瞬きを繰り返し、噴き出した。

「何? 俺が園原さんを好きだと思ったの? 嫌だなぁ、帝人君を敵に回す気はないよ」

 けらけらと笑う彼は先ほどのような獰猛な目は僕の錯覚だったのだろうかと思うほど子供じみている。いや、実際に子供なんだけれども、さっき僕が見たのは錯覚か何かだったんだろうか。

「ふぅん、でもそっか。帝人君が好きなのはあの子なんだ」
「……別に、どうでもいいだろ」

 それよりも、と下着をずり上げ、ボトムのファスナーを上げながら彼に、こんなことはもうしないからねと釘を刺しておく。
 まったくもって彼がわざわざ同性のものを触ってくるなんて予想外だ。でも彼ぐらいの年頃だったら他人のものが勃起するところなんて見たことがないから、触ってみたかったのかもしれない。それでもそれならそれで一言言ってから触るべきだとは思うけど、まぁどうでもいいか。どうせ今後こんなことをすることはないだろうし。

「しないの?」
「するわけないだろ?」
「何で?」

 何でも何も、こういうことは他人に見せるものじゃないし、そもそも彼の疑問である他人も同じように白い液体が出るのかということは解決したのだから必要ないだろう、と主張した僕に彼は笑みを浮かべながら頷いた。

「でも気持ちよかったでしょう? 俺の手」
「……他人に触られるのは初めてだったからだよ」

 別に彼の手である必要性はないという意味を言外に込めたが彼は別の受け取り方をしたようだ。

「初めてなの?」
「…………」

 聞くべきところはそこじゃない。なのであえて無視して、こういうことは好きな人とするべきなんだと言った。

「好きな人、ねぇ……好きな人とだったらどれだけしてもいいと、帝人君はそう思うんだ?」
「……まぁ、好きな人相手だったらいいんじゃないのかな」

 恋人同士だったら別におかしいことじゃない。彼の年頃だったらそういった相手ができるのはまだまだ先だろう。そう思って適当に返した言葉に彼は目を細めた。

「うん、帝人君の主張はよくわかった。じゃあ俺もこういうことは好きな人にだけお願いすることにするよ」

 ぜひともそうしてもらいたい。
 唐突にぱっと子供らしい純粋な笑顔を浮かべた彼に笑い返しつつ、じゃあ今日は帰るね、と言った彼を玄関まで見送った。ばいばいと手を振った彼に手を振り返し、部屋に戻るといかにもした後ですというこもった匂いにため息をついてしまう。
 結局彼女を最中に思い浮かべてしまった罪悪感から、明日顔を見合わせるのが気まずいと考えながら窓を開けた。





 僕が彼に『好きな人とならしてもいい』と適当に言ったことを後悔するのは数日後のこととなる。











終わり