ショタ臨也さんがペットを「 」う話
08-11
「あんな風に嫌がらなければ、もしかしたら違った道もあったのかもしれないのにねぇ」
天井の高い、長い廊下に響く俺の声に返事はない。独り言なんだから当然だ。毎朝使用人たちが清掃をしているから置かれている調度品にはチリ一つない。明るい外の陽光を取り入れる窓も硝子がはめられているのか触らないとわからないほどに磨き上げられていた。これが毎日自分が見ている光景だ。
「早く帝人君もこの屋敷を自由に動けるようになるといいのに」 そうしたら色んなことを教えてあげよう。たくさん並んでいるドアのどれを開けちゃいけないかや、外の空気を吸いたいときに開く窓はどこにあるのかとか、そういうことをね。
この屋敷の窓は一階と二階部分はほとんど開かないようになっている。通気をよくするためにどうしても開ける必要がある場所は窓の向こう側に格子がつけられていた。たぶん過去にそこから逃げようとした子がいるんだろう。それの結末がどうなったのか、なんて『パパ』や使用人に聞かなくてもわかる。
「ああでも帝人君は想像がつかないかもしれないから、ちゃんと教えてあげないといけないな」
逃げようなんて気はもうないだろうけど、それでも万が一ここから脱走しようとすれば大変な目に遭うだということは先輩として言っておかないとね。
彼はどんな顔をするのかな。一度もこの屋敷から出ることもなく四年も過ごしている俺は慣れたものだけど、生きてきた人生のほとんどを外で過ごしていた帝人君は慣れるのに時間がかかるかもしれない。だけど慣れるまで頑張ってもらわないとね。
「急に環境が変わると色々大変だ」
そうした原因が自分にあることは重々承知した上でそう呟く。罪悪感なんて微塵も覚えていない。もしそんなものを感じるのであれば最初から彼が欲しいなんてねだらなければ良かっただけの話だ。俺のせいで彼が大変な目に遭うというのであれば、それを導いた犯人である俺が申し訳ない顔をするなんて帝人君に失礼だろ?
それよりも、彼が来たことで俺がうんと楽しくしている方が帝人君も来た甲斐があったって考えてくれると思うんだよね、なんて自己中心的な考えのまま廊下の端に位置している戸のドアノブに手をかける。それをゆっくりと引き寄せると、向こう側には部屋ではなく地下へと下る階段が用意されていた。そこを鼻歌を口ずさみながら一つ一つ下っていく。明かりが用意されているので見誤って踏み外すことはない。
階段の下にあるのはまたドアだ。上と違って両開きになっているそこに耳を押し当てても、中の音は何も聞こえなかった。防音がしっかりしている証拠だ。だから中にいる彼がどれだけ声を張り上げても誰もここに来ることはない。
そのことに笑みを浮かべながらゆっくりと両手でドアを開く。中で俺を待っていた相手には、ことさら優しそうに見える笑顔を作って声をかけた。
「こんにちは、帝人君」
鈴の鳴るような声、なんて描写は本来女性にだけ使われるものなんだろうけど、声変わりをまだ迎えていない俺の口から出るものをそう評するのは『パパ』だけじゃない。『パパ』のお友達とやらも同じようなことを言ってくる。だから俺の声というのは客観的に聞いてそう不快感を与えるものじゃないんだろう。だと言うのに室内にいた彼は俺の声に何の返事もしてこなかった。
しないんじゃなくてできないんだけどさ。
「ちゃんと良い子にしてた?」
年上にこんな言葉遣いをしたら怒られるんだけど、帝人君相手なら誰も咎めたりしない。
地下に作られたここは俺が寝起きに使っている部屋より随分狭い。ベッドと椅子、それに道具を置いてある棚が一つあるだけだ。ただ、帝人君が座っているベッドは一人で眠るにしては大きすぎる。もちろんそれは彼がゆっくりと眠れるようにと配慮されているわけじゃない。今は帝人君が一人で座っているけど昨晩は何人もそこに乗っていた。正確な人数は俺も見ていたけど覚えてないや。三人か……四人かな? たったそれだけの人数だったのに彼は高い声で啼いてたっけ。
あの時俺の手を振り払わなければ俺を相手にするだけで済んだのに、馬鹿だねぇ帝人君は、と笑みと共に囁いてあげた言葉は叫び続けていた彼には聞こえていなかったかもしれない。それなら、昨晩より落ち着いているであろう今ゆっくりとお話してあげないとね。
「帝人君、寝てるの?」
そんなわけがないことは解っていた。この狭い空間に響いているのは荒い呼吸音と俺の声だけだ。もし寝入ってるなもっと静かなものだと思うよ。
狭い室内の明かりは天井についている薄暗いものと、ベッド脇にある間接照明だけで、ドアの側に立っていると彼の表情はわかりにくい。どんな顔をしているのか知りたくてわざと足音を立てながら彼へと近づく。
「みーかーどーくーん?」
猫撫で声で名前を呼びながらベッドに乗り上げると、ぎし、ときしむ音が聞こえた。それは俺が乗ったからじゃない。彼が動いたせいだ。もしかしたら反射で逃げようとしたのかもね。そんなことできるわけないんだけど。だって帝人君、動けないように両手を縛ってあるんだし。
俺の手を拒絶してから丸一日経つ。その間帝人君は誰に触られるのも嫌がった。大の男の力であればそれは簡単に封じられるものだったからベッドに抑えつけられてたんだけど、こうやって躾けをされているとき以外は逃げないように、そんな気を起こす気力もなくなるように両手首をまとめてベッドの天蓋から吊すように縛られている。これ、もうちょっときつめに縛られてたら腰が少しだけベッドから浮いてしまうから相当きつい体勢になってたはずだ。昨晩頑張っていたからそのご褒美にこれくらいで許してもらったんじゃないかな。今晩もたくさん躾けをされるだろうから途中で意識を飛ばしたりしないよう、体力を温存させる目的もあるんだろう。背中に置かれているいくつもの柔らかそうなクッションのおかげで身体の力を抜いても腕が痛むこともないはずだ。
「……は、あ」
両手を吊されたまま俯いた彼の口から熱っぽい吐息が零れる。腕を満足に動かせないせいでそんな甘い掠れた声をあげているんじゃないなんてことはちゃんと帝人君の姿を見ればすぐにわかることだ。
彼が拘束されているのは両手だけじゃなく、片脚もだった。赤い紐が彼の右脚の膝を縛め、紐の反対側は腕と同じように自分では閉じられないよう天蓋へと繋がっていた。何も着せてもらえてない帝人君の身体は無防備そのものだ。
「や、いや……っ」
その脇腹を指先でなぞるとそれだけで薄い身体をよじらせる。指先一つで簡単に反応を返すんだから本当に可愛いよね。