(fake)Love delibery R-18部分サンプル
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「服は脱いだほうがいいですか?」
臨也さんは同性でするのは初めてなんだから僕がリードした方がいいんだろう。そう判断してこちらから誘い文句を口にした。
僕の言葉に彼が数度目を瞬かせる。その度に長い睫毛は音がしそうだと頭の端で思った。
「そういうものなの?」
「好みによりますよ。自分で脱ぐところを見せてほしいっていう人もいますし、脱がせるのも込みで楽しみたいって言われることも」
あります、と言い終えてからもしかして今、自分は質問の意味をはき違えたんじゃないかと気付く。
彼は同性の好きな相手とするために僕を実験台にしたいんだから、聞きたいのはきっと『男同士だとそういうものなの?』ということだ。
「そ、の……相手の人に合わせてあげるのがいいんじゃないでしょうか」
目を泳がせながら口にしたアドバイスは我ながらあまり意味がないと思う。相手に合わせろ、なんて言われなくてもわかることだ。膠着状態になったときに脱がせてあげるべきか、そうじゃないのかを彼は知りたいだろうに。
「帝人君は?」
「は?」
「帝人君はどっちがいいの? 脱がされたい? 自分で脱ぎたい?」
問われた言葉にぽかん、と間抜けな顔を返してしまう。僕じゃあ参考にならないだろうにと思ったが、でも今言った『相手に合わせる』には適った言い分だ。
どこか甘やかすような笑みを浮かべたままさらっと僕が口走ったことを実践してくるのだからこの人って本当チートだと思う。
「僕は自分で脱ぐ方がいいです」
相手に任せると手間がかかる。それなら自分で脱いだ方が早いし、何より僕のペースで物事を進められる。
時間が制限されているから段取りよくしたいんでよね、と情事の最中の効率性を考えた上で言った言葉に彼は、そう、と頷いた。
「俺は脱がせる方が好きかな」
そう言って僕の服に手を伸ばしてくる彼にとってやっぱりアドバイスは意味がないらしい。
今日着ているのは特に指定がなかったら私服だ。仮に汚されて使い物にならなくなったとしても悔いが残らない安いチェックの、ボタンで前を留めるタイプの綿 シャツにジーパンだから脱がせるのも時間がかからないだろうと判断して、伸ばされた手を拒まなかった。臨也さんはたぶん女の人とは経験が豊富だろうから さっさと脱がせてくれるだろうと思っていたのに、不意に彼に両手を握られ、一番上のボタンに誘導される。脱がせたかったんじゃないんだろうか。
どういう意味なのかわからず目線で問うと、臨也さんは目尻を緩ませるように微笑んだ。
「俺は脱がせたい、君は自分で脱ぎたい。お互いの妥協案として一緒にしたらいいんじゃないかなって」
そう言うと彼はシャツの一番下のボタンに手をつけた。なるほど、臨也さんは下から、僕は上からしろということらしい。確かにこれならお互いの意見を取り入 れてるけど、もし客にこういうことを言われたら面倒くさいなと思った。思ったけどでも、もし恋人が相手ならこっちのほうが後々揉めないのかもしれない。恋 愛感情があれば一緒に何かするのも楽しいんだろう。
ちょうど真ん中のボタンは臨也さんが外し、その後は自分でシャツを脱いだ。暑いから肌着は何 も身につけていないので薄っぺらい身体がライトの下にさらされる。この部屋の電気はリビングみたいな白の蛍光灯じゃなく、暖かみのある光源だ。寝室だから そういうものにしているのかもしれない。
少しだけ考えてからジーパンの金具は自分で外した。それに臨也さんは文句は言わず、僕が足先からそれを 抜き取るより先に引っ張ってベッドの下へ落とす。脱いだシャツ、たたもうと思ったんだけど同じようにしたほうがいいのかなと思ってベッドの上に置いていた チェックの上衣をジーパンの上に落とした。
「普通なんだ」
「? 何がですか?」
いきなり言われた言葉の意味がわからず聞き返すと臨也さんが指を差してくる。それを視線で辿ると僕の下着のことだとわかった。
「もっとマニアックなのでも履いてるかと思った」
あなた一体どんなイメージを持ってるんですか。そう反論しかけたが、先週履かされた下着のことをふと思い出し口を噤む。
ホテルに行くまでは普通の格好だった。でも部屋の中に入り、これに着替えてくれるかな? と差し出された紙袋の中身は普段の僕なら絶対に着ないような、 レースや薄手の素材でできた女の子用のものだった。これって女の子に相手してもらったらいいんじゃないかなって思ったんだけど、両サイドを紐で留めるタイ プの下着を身につけた僕を見て興奮していたからやっぱり男相手じゃないと駄目らしい。
「まあ、今日は私服ですから。……制服プレイのオプションをつけてもらったらブリーフとかになることもありますけど」
さすがに女装プレイなんてコアすぎて話を聞くのも嫌だろうと判断し比較的無難な方向の話題にしておいた。
「制服プレイねぇ……下着もそっちのほうが幼気に見えるから?」
「だと思いますよ」
僕にその嗜好はよくわからないが、店の人にそうした方がいいと渡されたんだから大人しく従ってる。ついでに言うと、今僕が着ているのも支給品だ。渡されたときは新品なので使い回しという不衛生さはない。
これ、一応ブランドものなんだよね。せっかく高いお金を出して一夜限りの夢を買ってるのにキャラクターものや何度も洗濯を繰り返したようなぼろい下着では気分が萎えるだろうということらしい。
両脚の間をまじまじと見られることには慣れているので隠そうとは思わず、脚を無造作に開いたままだ。恥じらいがあるほうがいいって言う人もいるけど臨也さんが相手なら別に構わないだろう。好きな人がいるのならその人以外のものなんて興味はないだろうしさ。
それでも他人のものを見続けることが不躾とでも思ったのか、臨也さんが顔をあげた。その目に感情の色があまり見えないので気まずさを感じたのかはわからな い。普通のお客さんだったらこういうとき、ちょっとくらいはその気になってるのがわかるんだけど、と思いながら両手を伸ばして彼の首の後ろで指を組んだ。 そのままいつも通りに甘える仕草を見せながらプレイに入る、つもりだったのに。
「……っ、え、ちょっ、待ってください」
「え? 何?」
何、はこっちの台詞だ。
臨也さんはしなだれかかろうとした僕の腰に手を回し、そのまま当然かのように顔を近づけてきた。あと数センチで唇が触れるという距離で僕が待ったをかけるのは当然だ。
「何でキスしようとしてるんですか?」
「しちゃ駄目なの?」
「駄目ってわけじゃないですけど……」
プレイ内容には当然そういったことも含まれている。キスなんかよりももっとすごいことをするし、どこかの小説の娼婦みたいにキスだけはだめ、なんて言うつもりもない。でも。
「臨也さん、好きな人がいるんでしょう?」
こういうことは本来、好きな人とだけするものだ。練習相手の僕にはしないほうがいいと思う。それって別におかしな発想じゃないよね。
なのに臨也さんは少し頭を左に傾け(それがまた、妙にあざとく映るんだからたぶんわざとやってるんだろう)不思議そうに聞いてきた。
「でもさぁ、セックスするときって普通はキスも込みだろ?」
「…………」
僕は普通を知らない。だから聞かれても困る。
臨也さんにとってはこういったことをする相手って、一応恋人しかいなかったからこの考え方になるんだろう。なんだかなぁ、臨也さんなのにこういうまともなところを見せられると変な気分になってしまう。情報屋相手に僕が何か教えるということ自体がそもそも妙なんだけどさ。
「それともミカド君は嫌?」
「僕は嫌じゃありませんよ」
わざわざ仕事で使っている方の名前のイントネーションで呼ぶんだから、これはプレイの一つでしょう? と言外に言ってるようなものだ。こんなところで一々揉めるのも時間がもったいないか。
そんな思いをため息に押し込めて、彼の唇を止めていた手を降ろす。瞼を閉じて口を押しつけると柔らかい感触がした。臨也さんはたぶん、リップクリームでも 使ってメンテナンスをちゃんとしているんだろう。これならこの人が好きな相手にキスをしたときも、同性であっても違和感は感じないんじゃないかな、と思っ ているとするりと生暖かいものが唇の合わせから入り込んできた。
「んぅ……ふ」
口内を舐める舌に応えるよう僕も自分の舌を押し出す。粘 着質な音を響かせながら、この後どうしようかと思考を巡らせた。このままさりげないていを装って臨也さんに体重をかけていけばいいだろうか。彼はきちんと 服を着たままで、でもそれを脱がす必要性は特にない。好きな相手とするときは脱いだほうがいいかもしれませんね、って終わってから教えてあげたらいい。
そう思って唇を合わせたまま手を肩にやって押してみたのにびくともしなかった。あれ、もしかして僕の力が弱すぎるのかな。でも口の中を舐め回されながら力 を入れるのって地味に難しい。一度顔を離そうと思ったのにいつの間にか臨也さんの片手が後頭部にまわっていてそれもできなかった。
「ふ、ぅ……う、ん、んんっ」
彼の舌が前歯の裏をなぞり、上顎を擽ってくる。それに勝手にびくびくと腰が震えた。口の中って自分が思っているよりも敏感だ。だから臨也さんにも気持ちよくなってもらおうとしてるのにうまくいかない。
これはもう、一度口を放して横になってくださいと言ったほうが早い。ムードがないが、僕にそんなものを求められても困る。恋人らしい空気なんて臨也さんが告白した後その人に頼めばいい。
「ん、いざや、さ、あっ、ん」
だから一旦押し倒そうと込めていた力を緩め、逆に退こうとした。一瞬だけ唇が離れそれを追いかけるように臨也さんがまた口を押しつけてくる。呼びかけた彼 の名前はすぐに塞がれてしまったから聞こえなかったのかもしれない。待って、と言う余裕すら奪われたまま身体を退こうとする僕と、それを追う彼のせいで気 付けばウォーターベッドに押し倒されたような状態になっていた。裸の背中にあたるシーツが一瞬ひやりとしていて、それに肩を竦めると宥めるように彼の手が 頭を撫でてくる。
僕の後頭部を押さえるようにしていたおかげなのか押し倒されたときの身体への衝撃は思ったよりも少なかった。慣れているなぁと思う。確かにこれなら彼はネコよりもタチ向きだ。
「う、ん……んっ」
この体勢になってしまったらもうこちら側は満足に動くことができないから相手に身を任せるしかない。僕に教えてほしいって言ってたわりに主導権を握りたが るというのもおかしな話のような気もするが、しちゃいけなさそうなことをされたらそれはマナー違反だと伝えることにしよう。こんなのにマナーなんてあるの か怪しいが。
でもこんな風に思えるのは臨也さんのキスが気持ちいいからだ。ときおり緩く開く目はどうしたら僕が気持ちよくなるのか観ているようだった。そのせいで僕は弱いところはバレているらしく口内のそこばかり舐められている。
サンプル了