Guess How Much I Love You
03-06
当然のことだけど、自分の懐にいれるのであればどんなことをしても許せる相手がいい、というのは何も偏った意見じゃなくどこででも聞けるありきたりな言葉だ。これに基づいて言うと人間を愛している俺としては、化け物でなければ概ねどんなやつでも一緒にいて楽しめるし、仮に自分の弱みを握られたり脅されるような状況になったとしても面白いと思えるだけのメンタリティも持ち合わせている。だってさぁ、俺を脅迫するネタになるようなものを調べるだけでも一苦労だよ? 無敵で素敵な情報屋さんは自分の周囲に気を配っているし、盗聴器や盗撮カメラなんて素人が設置したものだったらすぐに気付く。尾行も同じだ。ああいうのってドキドキするよねぇ、見られてるってわかっているからどんな言動を見せてあげようと悩むのもまた一興だ。敏腕な秘書殿もそれは心得ているらしく、事務所にそういった類のものが仕掛けられたときは(そもそもあの部屋に忍び込んでそんなものを設置できること自体まれなんだけど)溜め息を吐きながらもいつも通りに、なおかつ聞かれては困るようなことは一言も口にしない。本当に仕事ができる人だよねぇ、波江さんって。あの若さで製薬会社の上役についていた実力は伊達でも身びいきでもないってことかな。まあ、だからこそ俺だって雇ったわけなんだけど。仕事の融通を利かせるだけなら何も俺の秘書にする必要はないしね。
だから今まで好意を寄せる告白をされたときに断ったことはない。なんてことを言うと波江さんなら反吐が出る、とでも言いたそうな視線をくれそうだ。でも事実なんだから仕方ない。学生の頃であれば、付き合ってだいたい一週間もすると飽きてしまって、そんなときに自分に乗り換えないか、と言われてはいいよと軽く返していた。当然二股なんて不誠実だから返事をする前にそう言ってきた相手の目の前で付き合っていた彼女に『別れよう』って連絡をするんだけど、これでだいたいその子がどんな人間かがわかる。非難するような目を向けてくるなら付き合っても一週間ももたないだろうなと思ったし、まるで自分は選ばれたのだと言わんばかりの笑みを浮かべる子は、その優越感が崩れたときの姿が見物だった。あとは完全に俺と付き合うのではなく、付き合ったという事実だけを欲しがる子っていうのもいたかな。恋人をアクセサリーとしてしか見ないタイプ。それはそれで一緒にいるのは面白かった。ツーショットの写真を頻繁に撮りたがる姿は滑稽でもあったし。だけどその手の子は別れるときもすっきりしたものだ。一週間という限られた時間でどれだけ思い出を作れるかに心血を注いで、別れるときもできるだけ劇的に演出するのが良いらしい。
さて、告白を断ったことはないとは言ったものの俺だって好みはある。人間を全て愛してる、それは事実だ。だが場合によっては逆恨みをこじらせて無理心中しようとしてくるやつもいるんだよねぇ、世の中には。そういった人間心理の観察は一回すれば十分だから、その手合いからは告白なんてされないようにと立ち回る術だってわかっていた。かと言ってまったく知らない人間から突然好きだと言われることもあるわけで、それはそれで好奇心をなかなか擽ってくる。顔だけで選んだのか、俺がやっている仕事がわかった上で近づいてきたのか、そういう視点で相手を観て暇を潰すのも悪くない。すぐに飽きちゃうけどさ。
人間観察なんていう口にすれば眉を顰められるような悪趣味のおかげでどう立ち回れば人が動くかなんて嫌というほどわかっていた。好意の寄せられ方も、それを上手く切り抜ける方法も。手の上でころころと転がる姿は右にいこうが左にいこうがどっちでも構わない。どちらにせよ俺の言葉で動くんだしね。
とはいえまれに、予想を大きく覆すようなことをしでかしてくれる人間もいるわけで、だからこそ俺は人が愛しいと思うわけだ。自分の推測からはみ出るやつなら特に、ね。
勘違いしないでもらいたいのはあくまで俺が愛しいと思うのは『人間』のみだ。例え自分の理解の範疇を越えたとしても化け物なんて気持ち悪くて仕方ない。新羅曰く、理解できないから気持ち悪いんじゃないかってことらしいけどそれなら今、俺が抱えている感情はどう説明するんだと声を大にして言いたいね。いや実際言ったんだけど、それに対する答えはこうだった。
「愛屋及烏だね」
あばたもえくぼ、恋は盲目といった類の単語と似たような意味をもつ四字熟語を言われ知らず眉間に皺が寄る。好きだ、と思うから気持ち悪いという感情も好意的にとらえられるんじゃないかと言いたいらしい。それはもちろん、俺は人を愛しているんだから、人間であるあの子の全てが愛しいと感じるのは当然のことじゃないか。
「前から聞いてみたかったんだけどね、臨也。君は具体的にどうやって人かそうじゃないかをカテゴライズしているんだい?」
そう尋ねられて思わず瞬きを繰り返してしまったのはとんでもない愚問だと思ったからだ。首がないやつなんて当然人間じゃないし、銃弾を体内に撃ち込まれたままスタスタと歩けるやつなんて化け物に決まっている。言葉の意味を知りたいのであれば辞書でも引けと言いたいところだけど新羅は一人、首のない運び屋のことを、彼女は確かに人ではないけど、という前置きの元に延々と惚気話を展開させていたのでこいつは人の話を聞く気がないと判断しその場で席を立った。質問しておきながら会話しないなんていかにもこいつらしいし、ある意味まったくぶれることがないからこそ長年付き合っていられるんだとは思うものの、こいつもある意味人らしくないなと考えてからはたと、新羅が言わんとしていることがわかった。
あいつの身体を捌いたところで出てくるのは血や臓物だけだ。銃で撃たれれば簡単に死ぬ。それでも人らしくない、言い換えれば俺の観察範囲から少しばかりズレるのはどうしてだろうか。あいつに対する興味はあるのだから何年も一緒にいすぎて見飽きたといわけじゃない。強いて言うなら観てても面白くない、かな。素っ頓狂なことはするもののそれは全て行動原理が首無しに帰結してしまうとわかっているから見世物としてはあまり楽しいとは言えない。だから人であるはずの新羅を人らしくないと思ってしまうんだろうか。
そんな会話をしてしまってから俺はずっと、自分が思いを寄せている相手が本当に人なのかとしばらく悩んでいた。いや、人であることは確かだ。間違いない。だって俺はかなり念入りにあの子のことを調べたんだ。両親はいたって普通、実子であることは間違いない、成長過程で妙な器物に乗っ取られた痕跡も無し。俺が愛している人間というカテゴリーの中にきちんと収まってしまう平凡な子。それが竜ヶ峰帝人という存在だ。
あの子が人間ならいつか俺は観察に飽いてしまうんじゃないだろうか。
今までなら飽きればすぐに別のものへ興味の対象が薄れたのに、帝人君に関してだけはそうなってしまうのが嫌だと思った。理由は単純に好きだから、というな言葉一つで片付いてしまう。
あの子のいかにも人らしい矛盾と自己保身で動く様はある意味新羅とは対極だ。あいつの場合は首無しが自分の側にいさえすればそれでいい、っていう考えしかないけど帝人君は違う。自分の欲しいものがわかっているのにそれを見つめながらあれもこれもと手を伸ばして、がんじがらめになって、結局全部一度リセットしてしまえばいいんじゃないか、なんて、それまで自分がしてきた行動も、それが周囲にどんな影響を与えたかも考えない自分勝手さは人そのものだ。
行動自体は理解できない、でもそう動いてしまう感情は納得できる。納得できる時点でやはりあの子は人間なんだ。いっそ新羅のように、人なのに人らしくない、化け物よりであれば俺はずっとあの子を観ていられるのにと思ったところで俺は深く溜め息を吐いた。恋愛は精神病の一種だと言われるだけあって我ながら馬鹿なことを考えている。恐ろしいのはこのまったく実のない悩み事をしていたとしてもあの子のことを考えているだけで妙に浮かれた気持ちになるし、答えを出すべきなんじゃないかと思い詰めそうになることだ。恋に溺れる人間の浅はかさを面白いなぁと思っていたが当事者になってみると、とんでもない難題だ。世に恋にまつわる哲学の名言が多いのも無理はない。どれだけ考えてもキリがない上に楽しいとすら思えるんだからね。
とはいえそんな無駄な悩みを延々胸に飼っていたところで何か変わるわけでもなく、せめて俺は時間を費やした分くらいは結果が欲しい。目に見える結果が。
好意の感情は以心伝心なんかで伝わらないことくらいわかっている。だから俺は、過去の経験を元にあの子が不信感を覚えないように、でも違和感は感じ取ってくれるように態度で示し続けた。それが功を奏するのにあまり時間がかからなかったのは元々帝人君が俺のことを好意的に見ていたからじゃないかな。そんな自分の都合のいいように考えてしまうのも恋心が成せる技なのかもしれない。感情一つで捕らえ方がいいようにも悪いようにも変わるんだから本当に面白いと思うよ。
最初は俺の言動をあまり気にとめることもなかった帝人君が徐々に、眉間に皺を寄せたり、困ったような笑みを浮かべたり、俺を見つけた瞬間にふわりと嬉しそうな笑みを浮かべるようになるのは見ていて楽しかった。自分の計算通りの態度を返してくる姿を見ているとこの子だって普通の高校生なんだよねと内心、少しばかり苦笑が浮かんだ。平凡な反応をする相手にではなく、ダラーズの創始者という一面を知っているせいか勝手な期待を帝人君に寄せている自分に、だ。
傾倒しすぎているなと思ったものの、だからといって理性で押しとどめることなんてできるわけもなく。坂を転がるボールのように一緒にいればいた分だけもっとあの子が欲しくなった。話すだけで楽しいからずっと傍にいたいと思うようになって、傍にいればそれだけじゃ物足りなくなる、なんて恋に纏わる話ではよく聞くことだ。忠実にそれを守ってしまうあたり俺もただの人間だよねぇ、本当。