厄介な人に惚れたものです サンプル







04-11



 世界にはいくらでも恋の素晴らしさと愚かさを語る歌がある。街中を歩けば有線から流れてくるし、テレビをつけていれば歌謡番組を見ていなくてもCMから聞こえてくるものだ。
 恋をするだけで世界が変わる人もいれば、この世の終わりだと嘆く人間もいるわけで、僕はどちらからと言えば後者だった。だけどそれは決して僕の責任じゃない、と思う。いや、たぶん大多数の人間がそうだと言ってくれるだろう。僕の場合、どう考えても思いを寄せた相手が悪い。
 新宿の情報屋と呼ばれる彼に恋をしているんだと気付いたきっかけがこれまた酷いものだった。
 僕の好きな人は歳は八つも離れているし、住んでいる場所も電車で数分とは言え、歩けばけっこうな距離が離れている。普通に暮らしていればほぼ接点はないんだけど、彼とは定期的にオンラインでは会っていた。他愛ない噂話をしたり、内緒モードでちょっとした密談をしたり。どうやら暇をもてあますと余計なことをしたくなる習性を彼は持っているらしい。だからチャットで、『最近平和ですねえ』と言い出したときは何かまたやらかすんだろうなと思った。それを止めもいさめもしないのは僕なんかがどう言ったところで彼は自分のやりたいことをやめたりなんかしないからで、それなら楽しんでしまったほうが得だ。だから他のチャットメンバーに見えないように内緒モードで『今度は何をやらかすんですか?』と尋ねた。対岸の火事であれば火の粉はかからず、自分は安全な場所で観客として見ていられる。多少巻き込まれたとしても大やけどを負わないのであれば文句はない。
 彼から返ってきた答えは『そうだねぇ、ずっと気になっていたことがあるから、それを解決してみようと思うよ』というものだった。いまいち要領を得ないけど、情報屋を名乗る彼のずっと気になっていたこと、は興味をそそられる。何なんですか、教えてくださいよ、と文字を飛ばしたがそれに返事はこなかった。用事があるから落ちますね、と消えてしまったからだ。
 答えがもらえなかったことに少しばかり不満を覚えつつも、まあ臨也さんだしなと思い、残った他の面子との会話を楽しもうと思考を切り替えた途端、部屋にノックの音が響く。時計を見ると日付がもう間もなく変わるような時間帯だった。こんな遅くに来る人間に心当たりはなく、思わず物音をたてないようにじっと身を縮こまらせる。
「帝人君? いるでしょう、開けてくれない?」
「……臨也さん?」
 ほんのついさっきまで文字で会話していた相手の涼やかな声に慌てて腰を上げ、数歩で辿り着く玄関の戸を開けた。
「やあ、こんばんは」
「どうも……」
 一応礼儀だと思い小さく会釈する。にこにこと微笑んでいる彼は一見、機嫌が良さそうに見えた。
 もしかして酔っ払って、それでこんな時間に来たんじゃ、なんて思ったけどそのわりには酒の匂いはしないし、そもそも酔った勢いで僕の家に来るはずがない。
 薄い笑みを乗せたまま臨也さんはじっと僕の顔を見つめてくる。上から下までまるで値踏みするような視線は居心地が悪い。その不快感を露骨に顔に示すように眉間に皺を寄せ、こんな時間に来るなら連絡くらいくださいよ、と文句を言うと彼は小さく笑う。
「ああ、ごめんね。ほら、月がきれいだったから思わず、ふらふらと」
「は、はぁ……」
 言われて視線を臨也さんから彼の後ろの方に向ける。確かに暗い夜空には一際輝く丸い月が見えた。星の明かりを押しのけるような光量のそれを見て、そういえば今日は満月だったっけと思い出す。月の満ち欠けなんて普段あまり気にしてないんだけど、晩ご飯を買ったコンビニのレジのところにあったポップに『今晩は満月! 月見のお供にどうぞ』と値引きシールの貼られたお団子が置いてあった。今月を見るまですっかり忘れていたけどさ。
 それにしても、月がきれいだから夜の散歩をしてるなんて風流と言うべきか、また複雑な病をこじらせてると呆れるか微妙なところだ。新羅さんに言わせると臨也さんは中二病とやらにかかっているらしいから、それなら満月にはしゃぐのもわからないでもない。
「あの……何の用ですか?」
 視線を彼に戻し、引き結ばれた口元を見ながらそう尋ねる。まさか本当に意味もなくここに散歩のついでにきたわけじゃないだろう。彼の住み家である新宿のマンションからここまで来るには距離がありすぎる。さっきまでチャットルームにはいたけど、たぶん携帯で会話していたんだろうな。そうまでしてネット上でしゃべりたいのかと突っ込みたい気持ちはあるが、自分だってパソコンが使えないときは携帯でチャットルームに顔を出している。ネットへの依存度が五十歩百歩のような僕ができる質問じゃない。
「うん、ちょっと確認しに来たんだ」
「確認?」
「そう。……帝人君、目を閉じてくれない?」
 思わず目を瞬かせる。目を閉じる? 何でいきなりそんなことをしないといけないのか。どう考えても怪しい。何せ言ってるのが臨也さんなのだし。
「え、嫌ですよ。何する気なんですか」
「何って、まあ、ちょっとね。閉じないならそれはそれで構わないけど、君のためだよ?」
 僕のため、なんていかにも彼らしい言い方だ。
 それに自然と胡乱な目になりながら、何割くらいが僕のためなんですかと問い返す。
「五割くらいかな」
 思ったより多い。半分は僕のためで、もう半分は彼自身のためなんだろう。臨也さんが自分の利益がないことをするわけがないんだし。
 しばらくじっと彼の顔を見つめていたけど、結局溜め息を一つ吐いて言われるままに目を閉じた。理由を聞きたいところだけど、言う気があるなら僕が聞くよりも先にあのぺらぺらとよく回る口が動いてるはずだ。そうしないということはどう尋ねたところでのれんに腕押しにしかならないんだろう。それならさっさと言うことを聞いてしまったほうが早い。
 何か嫌なことをされるかもしれないという不安より、彼がどんなことをしでかしてくれるんだろうという期待が勝つ胸中で、あれ、そういえばどれくらい目を閉じていればいいんだろうとふと疑問が沸いた。
「い、」
 臨也さん、と名前を呼びかけた唇に、ふに、と何か柔らかい感触がした。思わず目尻がひくりと引き攣る。
 もしこの触れてきた何かがものすごく熱かったり、逆に冷たかったりしたら咄嗟の反射で頭をのけぞらせていただろう。だけど当てられたものに自分との唇の温度差を感じない。それでも敏感なその部分に何をあててきたのかと気になり、ぱちりと目を開けた。
 最初に視界に入ったのは睫毛だった。伏せられた、長くて黒い睫毛。マッチ棒くらい乗りそうだ。睫毛があるということは、これ、顔だよね。こんな至近距離で見ても鑑賞に堪えうるんだから臨也さんってやっぱり容姿が整っているんだな、なんて呑気に考えていたのは現状をいまいち把握していなかったからかもしれない。
 ふいにふわりと花のような香りが漂った。臨也さんのことだ、きっと香水くらい身にまとってるんだろう。今までこんな匂いを彼から感じたことはなかったけど、それはここまで至近距離で接したことがなかったからだ。唇を触れ合わせるくらいの距離じゃないとわからないような香りってなんだかいやらしい感じがする。
 ぐ、と押しつけられるような圧力を感じた後にすっと臨也さんの顔が遠のく。無意識に視線は今、彼が寄せていた唇へと向けていた。赤い舌がちろりと舐めたそこは唾液で少し濡れ、何だかそれが妙に淫猥な仕草に見える。いや、臨也さんの存在そのものが妙にセクハラ紛いのところがあるんだけど。だってこの人、何か変な色気をまき散らしている気がする。今だって口元に手を当てたまま視線を下に向け、何か考え事をしているみたいだけど、そんな仕草ですら何か意味があるもののように見える。
「ふうん……」
 何か言うのかと思ったのに臨也さんはそれだけ呟くと、くるりと背を向けた。そのまま階段を降りていく後ろ姿を呆然と見送り、彼の姿が視界から消えた後に玄関の戸を閉める。
 そのままずるずるとその場にしゃがみこんだ。しゃがみこんだ、というよりも腰を抜かしたが正しい。
 何、何だ今の。え、どう考えてもキスだったよね、唇同士を触れ合わせるのがキスって言うんだよね。外国ではキスなんて挨拶程度らしいけど、臨也さんは海外で暮らしていたっけ? 違うよね? 語学に長けてるらしいことは聞いてるが、そんな習慣なんか持ってなかったよね?
 一体誰に問いかけているのか自分でもわからないが、ぐるぐると混乱した頭で今の行為の意味を考える。震える両手で唇を押さえると、掌とそう変わらない温度のはずなのに熱でもあるような気がした。
 指先に呼気が当たる。何度も瞬きを繰り返してるうちにふと、熱いなと思った。昼間はまだ少し汗ばむけど夜は窓を開けていれば涼しいはずなのに、何でこんなに顔が熱いんだろう。
「…………」
 ゆっくりとその場から立ち上がり、つっかけていた運動靴を脱いでトイレの戸を開ける。用を足したいのではなく、単純にここにしか鏡がないから開けただけだ。
 胸より上しか映さない小さな鏡には顔を真っ赤にした僕が映っていた。耳どころか首まで朱く、今何があったか知らない人から見たら病気か酒でも飲んだのかと言われそうなほどだ。人間ってこんなに皮膚の色が変わるものなんだと感心してしまう。
 こくりと喉を鳴らし、そっと鏡に映った自分の唇に指を這わせた。厚くも薄くもない、極々標準的なものだと思う。奥歯を噛んでいるから口角は引き締まっているように見える。何度もそこを撫でてはみるものの、当然指先には冷たい鏡の温度しか感じられなかった。
 だから臨也さんが何でキスをしたのかわからない。思わずしたくなるほど魅力的なものじゃないし、何より僕は男だ。同性にキスなんかして何が楽しいのかとそこまで考えてようやく、自分が今されたことにまったく嫌悪感を抱いていないことに気がついた。
 普通男にキスなんかされたら吐き気を覚えてもいいはずだ。唇を触れ合わせていた最中に殴ったって誰にも咎められたりなんかしない。それなのに何で僕は臨也さんがあんなことをしたのかと、その理由ばかり気にしているんだろう。どんな言葉を言われたとしても納得がいく答えなんてあるわけがない。たった一つしか。
「う、わー……」
 呻き声をあげながら視線を熱っぽい顔を映している鏡からその下にある蛇口へと向ける。
 まさかこんなやり方で自分の恋心を気付かされるとは思わなかった。何なんだあの人は。いきなり現れて、自分のしたいことだけして、何も言わずに帰るなんて意味がわからないにもほどがある。確認したいことがあるって言ってたけど、一体何を見定めたかったんだろうか。……普通に考えたら、僕がキスをして嫌がらないか、もしくは臨也さんが僕にキスできるのかどうかの確認、だよね。同性にそういうことができるかどうか知りたかったという理由もあるかもしれないけど、それならわざわざ僕の家に来てまでする必要はないじゃないか。それこそネットで適当な相手でも引っかけて試したほうが後腐れなんかなくていい。
 次から次に浮かぶ考えは彼が僕だからこそしてくれたんじゃないかという浅はかな願望ばかりで途中で嫌になって、結局考えるのをやめた。どれだけ思考を巡らせたところで臨也さんにしか彼本人の思いはわからない。
 僕だからこそキスをした、というのなら、いずれ彼から行動を起こしてくれるだろう。そう思って僕からは何もしなかった。チャットには行かなかったし、電話もしていない。何度も着信がないか確認したり、メールがサーバーに引っかかってないか問い合わせをしたりは
したけど、でも彼からの連絡を待つのはおかしなことじゃないはずだ。だって一方的にあんなことをされたんだから、それ相応の理由をちゃんと聞かせてもらわないと、と考えて考えすぎて、そろそろ知恵熱でも出るんじゃないかと頭が痛くなってきたのは彼が訪れてから一週間経ったころだった。七日間の間、いつ彼からコンタクトがくるのかと待っていたのに何の音沙汰もない。なんだかあの日のことはもしかして自分の妄想だったんじゃないだろうか。むしろそっちのほうが精神衛生上いいんじゃないかな。来るのか来ないのか……いや、これだけの期間連絡がこないということは、この先もないと思ったほうがいいに違いない。
 それならあれは全て僕の頭が作り出した妄想にしてしまえば、この喉が渇くような焦燥感から逃げ出せるんじゃないか、いやでも、気付かされた自分の感情をなかったことにはもうできないしと悶々と悩み、臨也さんのせいでと恨み言の一つくらいもうこちらから電話をかけて言ってやろうかと思った。住所録から折原臨也の名前を表示させ、じっと番号を見つめる。通話ボタンを押せばすぐにコール音が流れ、るけど、あれ。もしこれ、通じなかったら僕はどうしたらいいんだろう。お客様のおかけになった電話番号は現在、使われておりません、何てあの無機質なアナウンスが流れたら携帯を投げ捨ててしまうかもしれない。
 悪い想像ばかり頭に浮かべるのは少しでも自分が受けるダメージを減らすためだ。何せ相手はあの甘楽さんなんだから、一番悪い想像をして、その斜め下あたりのことが起こると思っていたほうがいい。
 通話が繋がらなかったらもう、いい。なかったことにしよう、犬に噛まれたと思って忘れることにする。犬でも小型犬と大型犬がいるし、噛まれたら狂犬病やらジフテリアといった感染症にかかることもあることを踏まえると、簡単に忘れられるんだろうかと疑問にはなるが考えたって仕方ない。
 よし、かける、うん、かけよう、このコールボタンを押すだけだ。たったそれだけ、と携帯を凝視しながら、震える指を伸ばそうとした瞬間にコンコン、とノックの音が狭い室内に響き渡りびくりと身体が跳ねた。このアパートは壁もドアも薄いから、外の階段を上がってくる音で誰か来るかどうかわかるんだけど、集中していたせいでその音が耳に入っていなかったらしい。手元の携帯を見ると時刻は十時少し前だ。先週臨也さんが来たときよりも二時間くらい早い。でも、こんな夜分に来る知り合いを僕は彼以外知らない。
 一度ぎゅっと携帯を握りしめてからあまり音をたてないように立ち上がり、ドアスコープを覗くとそこには僕の想像通り、黒いコートを身につけた臨也さんがひらひらと手を振っていた。
「やあ、こんばんは」
「…………」
 先週とまったく同じ挨拶なのはわざとなのか、無意識なのか。そんなことを穿ちたくなるくらい、ドアの向こうにいる彼は僕にあんなことをしたくせに驚くほどいつも通りだった。いつも通り飄々として、目だけはあまり弧を描かない薄い笑みを顔に貼り付けている。先週至近距離になって気付いたけど、臨也さんって思ったより目つきがきつくないんだよね。ただじっと人を観察する癖があるせいかともすると睥睨しているようにも見えるときがある。容姿が整っている分、それが様になるのだから外見がいいって得だ。
「話があるんだけど」
「……何ですか?」
 ドアを開けないまま尋ねたのは先週の一件があるからだ。嫌でなかったとは言え、また同じことをされたら適わない。
 ドアがちゃんと閉まってることを内側から確認し、ドアスコープ越しに彼の表情をじっと見つめた。
「開けてくれないの?」
「…………」
「ちゃんと顔を見て話がしたいんだけどな」
「…………」
「ほら、目は口ほどに物を言うってよく言うじゃないか。薄っぺらくて音が漏れるあってないようなドアでも、表情が見えないといまいち会話がしにくいと思うんだけど」
 言い返せば丸め込まれてしまいそうで、だからじっと黙って彼の口上を聞いていた。
 僕が何も言わないことに臨也さんは芝居がかった仕草で肩を竦める。天の岩戸みたいだね、なんて小さく笑いながら言う彼に、僕が出てこないことで困ってるような様子は見えない。
 知らずぎゅ、と唇を噛む。ドアを開けていなくて良かった。一々彼の態度に振り回されている姿なんて見せたくない。
「みーかーどーくーん?」
 間延びした声で呼びながら、臨也さんは靴の裏をドアに押しつけた。そういえば、前に彼はこのドアを蹴破って入ってきたことがあったっけ。池袋に来たばかりの頃を思い出して少し懐かしい気持ちになったけど、そうか、これくらいの障害なら彼は片足で蹴破れるのか。
 前にこのドアが壊れたときは緊急事態だったけど、こんな夜中に物音を立てられたら困る。壊されるより先に開けるべきだろうかと悩む僕を知ってか知らずか(いやまあ、知るわけがないんだけどさ)、臨也さんは、まあいいかと呟いた。
「開ける気がないんだったらいいよ」
 もう来ないから、と臨也さんは背を向けるかと思いきや、徐にコートの内ポケットから一枚のカードを取り出した。
「俺のマンション知ってるよね? 覚悟が決まったらおいで」
 そう言うなり臨也さんが手に持っていた薄いそれをポストの中に滑り込ませた。音もなく僕の足元に落ちたそれを慌てて拾う。黒に白地でラインが引いた少し厚みのあるシンプルなカードが、彼の住居のカードキーなんじゃと思い当たった瞬間に慌ててドアスコープを覗いた。そこに臨也さんの姿はもうない。ドアを開けて階段の下を見てみたけど、タクシーが過ぎ去っていく姿がちらりと見えただけだった。
「覚悟が決まったら、って……」
 渡されたというか、一方的に押しつけられたカードを片手に口からぽろりと声が零れた。
 覚悟って何の覚悟なのか。彼と正面から話し合う覚悟が? そんなもの、臨也さんがあのキスの理由をちゃんと話してくれたらいくらでも対峙するのに。
 そろそろと視線を手元に向ける。表を見ても裏返してみても、マンション名は書いてない。たぶんセキュリティ対策でそうなっているんだろう。臨也さんがいくつか隠れ家を持っているらしいということは、自分の持っている情報網で検討がついているけど、僕がちゃんと所在地を把握しているのが彼の新宿の事務所だけだ。情報屋なんてうさんくさい仕事をしているわりに居所を隠す気があまりないらしいから、僕のような一介の高校生でもちゃんと情報を集めれば知ることができる。
「…………」
 両手でカードキーを握り、意味もなく少したわませた。力をこめれば簡単に折れてしまうだろう。
 これを壊してしまえばもうそれで、僕と臨也さんを繋いでる糸も切れてしまう気がした。僕のこの先かかる心労やら将来のことを考えるとそうしてしまった方がいい、と浮かんだ考えはすぐに頭の隅に追いやった。
「これ、返さないとダメだよね」
 そう、返しに行くだけだ。新宿の情報屋の事務所のカードキーなんて僕の手には余る。それに、ちゃんと理由を聞かないといけない。もしあんなことをした理由がただの興味本位だとか、嫌がらせだったのだとしたらそれ相応の仕返しをする権利が僕にはあるはずだ。
 行かないほうがいいという自分の中の警鐘を好奇心と探求心と、恋に暴走する期待で押しつぶす。虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて言葉を頭に浮かべながら僕は彼の事務所に向かう支度をすべく、部屋の中へと戻った。













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