不穏なメディスン 02 Love is Eraact
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昔から他人の心の機微には敏感だった。
かと言って別に常に他人の心中を察して動かないといけないような環境だったわけではなく、ただ相手が俺に何を求めているのかが特に意識しているわけでもないのによく見えるというだけの話だ。子供のころは面倒だからと他人の求めるまま典型的ないい子を演じていたが、それよりも相手が勝手に俺を信頼して一方的に心を開いた瞬間にその柔らかな部分を握りつぶすほうが楽しいと気づいた。何でちょっと優しい言葉をかけて、理解者面している俺なんかにそんな柔らかで無防備な部分をさらけ出せるのかなぁ。そんなおもしろそうなものが目の前をふらふらしていたらつついて壊したくなるのが人間ってものじゃないだろうか。ほら、人は移ろい行くものに美を見出す生き物だし、新雪には足跡をつけたくなるって言うだろ。だからまぁ、自衛ができていない人間が俺にどうされたとしても『自業自得』ってことだよ。だって俺を信用するって決めたのは本人の意思だろ?
それを言うと『信用するように仕向けたくせに』って罵られるんだけど、当たり前じゃないか。自分が楽しむために全力を尽くすのなんて。
中学から一緒の友人に言わせると俺という人間は人の心を弄ぶ反吐が出るような人間らしい。けなし文句ではなく客観的かつ正当な評価だと思うね。いやぁ、あいつって欲しいものが一つしかないからぶれないし、一緒にいて楽だといつも思うよ。女の趣味はどうかと思うけどね。でもま、あんな変人には化け物がお似合いなんだろうよ(化け物が好きだから変人になったのかそれとも逆なのかわかんないけど)。
そうやって趣味と実益を兼ねていろいろな人間を観察してきた。大抵は俺の想像通りに物事が進んでおもしろくないんだけど、ときどき予想外のことをしでかしてくれる子がいる。自分の価値観を壊してくれる存在って貴重だ。それも俺より随分年下の子供がそんなことができるっていうんだから興味を持たないはずがない。
最初はダラーズに興味を持ったはずだたったのに(池袋にこの俺が聞いたこともないカラーギャングがひょっこり出てきたら気になるに決まってる)調べていくうちに創始者と呼ばれている子がおもしろそうだと気づいた。だからチャットに誘って、動向を追って、この街に来たときにもこちらから会いに行ったんだ。最初はまぁ、普通の子供なんだなぁとは思った。思ったけど、むしろそのギャップに惹かれた。この子なら俺のゲームの駒として十分立ち回れる。
だからもっと進化するように少し手伝ってあげようと思った。俺の想像通りに化けるのか、それとも想定外の結果を見せてくれるのか。ちょっと楽しみだったんだよね。
街中で後ろ姿を見かけたら声をかけたり、欲しがってる情報をチャットで提供してあげたり、電話でさも心配するような素振りを見せたり。そういったことをしている内にどんどんあの子の中で自分の比重が大きくなるのは手にとるようにわかった。非日常が好物なあの子にとって新宿の情報屋に気にかけてもらえることは自尊心が満たされることだったんだろう。本当に人っておもしろいなぁと思いながら、あの子の周りの人間を減らして、心のよりどころを減らしていった。それを取り戻そうと躍起になる姿を見ながらこの子はこれからどんな風に成長するんだろうと暖かく、そうまるで子が巣立つのを見守る親鳥の気持ちで見守っていたわけだ。人を愛している俺らしく、愛情を持って安全な巣から転がり落ちる様を見届けてあげようと思っていた。
それに気づいたのは偶然としかいえない。あの子と話してる最中に、ふと髪に何か付いていることに気づいた。ほこりか何かだったと思う。
「帝人君、頭に何か付いてるよ」
それに手を伸ばしたことに他意はなかった。こんなのが付くなんて一体どんな道通ってるんだよと思っただけでゴミを払いのけてやろうと思っただけだ。
それなのに帝人君は、え、と呟いて俺の手が髪に触れた瞬間ぴしりと硬直した。おや、と思いながらも気にせずほこりをとってやり、何気なく指で耳に触れると大げさなくらい細い身体が揺れた。じわりと俺の指が触れた耳が赤くなる。
「とれたよ」
そう言って手を放した俺に帝人君は礼を言いながらも目を合わせようとせず、ずっと耳を気にしている素振りを見せていた。何度も何度も耳に触れては自分の行動に気づいた瞬間、ぱっと手を下にやり、自分の服だったり鞄だったりを握るのだからわりと露骨だったと思う。演技なのかと思うくらいに。だけどこの子はそんな振りができるような子じゃない。
いくら俺の意表をつくといってもさ、それはつきすぎだろ。だって君、園原杏里のことが好きだったんじゃないの。そもそも別に男が好きなわけじゃないでしょう。
同性が好きな人種っていうのはわりとすぐにわかる。目に乗せる感情や色香がまったく違うからだ。幸い武器になる程度には外見も悪くない俺はそういった種類の人間から秋波を送られたこともあるので、帝人君がそちら側の人間だったらすぐにわかる。でも本当に、今の今まで、この子がそんな顔をするまで本当に気が付かなかった。
まぁ、気づいたところでどうということは無いんだけどね。ただこれから帝人君の行動をもうちょっと注意深く見てみようと考えたくらいだ。そもそもこの子自身が自分の感情に気づいているのかどうかも怪しいし。ああでも自覚した瞬間この子はどんな顔を見せるんだろうか。基本的にプライドの高い子供だから、同性へそういった目を……望みがない恋愛をする自分を嫌悪したりするんじゃないかな。それとも自分の思いを成就させるために行動を起こすだろうか。だとしたらどんな風に? 自分から愛情を請うようなことはしてほしくないなぁ、そんなありきたりなことをされたら一気に冷めてしまうかもしれない。
そんな俺の思惑を余所に帝人君はそれからもずっと変わらなかった。ただ、ときどきふらりと俺がいそうな場所をうろつくことはあったけどただそれだけだ。
俺と話しているときは目を輝かせていたけれど、それは非日常な存在である情報屋と話しているからなのか、それとも俺と話しているからなのかは判断がつかない。もしかして、帝人君の感情のベクトルがこちらに向いていると思ったのは俺の勘違いだったんだろうかと思うくらい、あの子はいつも通りだった。何も俺に求めてこないし、俺に何かしようという気配もない。
十代の子供の恋愛感情なんて一方的に自分の気持ちを押し付けてもいいくらいのものなのに、帝人君はのそれは本当に恋をしているのかと問いたくなるくらい希薄だった。ときどき俺が戯れに触れる接触に一々うろたえたり、頬を赤らめたりしなかったら誰にも気づかれないまま空気に溶けて消えてしまうんじゃないかというくらいの。
一体あの子はどうしたいんだろうかと少し考えて、手近に恋にとち狂った人間がいたことを思い出したので聞いてみることにした。
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案外自分は純情らしいと気づいたのはあの子を側に置くようになってからだ。
それまではセックスなんて性欲処理をするためのものくらいにしか思ってなかった。この行為は愛情がなくてもできるものだと思ったのに、あの子を抱いてからはちょっと、ね。出すだけなら別にいいんだけど、どうも充足感が違う。それを覚えてしまったせいで自然と帝人君以外としようとは思わなくなった。恋人以外とはしないでおこうだなんて俺ってば誠実な人間だったらしい。
つまり俺とあの子が最後にしたのは一週間前のことで、多感な高校生ほどではないとは言え健全な若者にカテゴライズされる身としてはそれだけの日数しないでいると溜まるものもあるというわけで。
「……は……っ」
下半身の熱に引きずられるまま目を開けた瞬間、ここはどこだという疑問がまず頭に浮かんだ。三度ほど瞬きを繰り返してから、ああそうだ帝人君に招待された部屋だと気づく。周りに目を向けてみたがこの部屋には俺以外誰もいなかった。
「ん、う……っ」
自分の身体の下敷きになっている腕が痛い。腹筋を使って上半身を起こそうとしたがそれどころじゃなかった。帝人君曰く、あの薬はそうきついものじゃないということだったけどあの子としていない日数が長かった(一週間が長いと感じる日がくるとはね!)せいで、かなり簡単に興奮しちゃえる状態だったんだよね。そこに薬なんて使われれば特に刺激なんてなくても勃起してしまうに決まっている。
浅い呼吸を繰り返しつつ、仰向けの体勢から身体を動かす。横臥の体勢になることで腕の痛みはずいぶん柔らいだ。
自分の痛くなるほど張りつめている部分に視線をやるとずいぶんとまぁ、激しい自己主張をしている。正直早く擦りたい。窮屈な下衣を取り去りたいと思うのに両手を後ろで拘束されているせいでそれも適わなかった。
もしかして帝人君、俺を放置プレイでもする気なんだろうか。だとしたら効率のいい方法だ。薬と道具で自由を奪って、俺の有意な武器である会話という手段も絶って放り出すのは、今のこの身体の状況ではかなり厳しい。だけど爪が甘いかな。
熱を訴える下半身をごまかすように足を擦り合わせてから、のろのろと緩慢な動作で床に頭を擦り付けながら身体を俯せの体勢にし、ゆっくりと上半身を起こした。
「……帝人君」
名前を呼んでももちろん返事はない。だけどあの子には聞こえているはずだ。
好奇心が旺盛な子供が、こんな状態になっている俺を監視せずにはいられないだろうということくらい、考えなくてもわかる。無敵で素敵な情報屋さんが薬に屈服して無様な姿をさらけ出すなんて、なかなか貴重な見せ物じゃないか。
わざわざこの部屋を用意した理由はそこにあるんだろう。帝人君の家では音が漏れる心配があるし(俺が大声でも出せば親切な誰かが警察に通報できるものね)、俺の家ではあの子が十分に準備できない。あの観葉植物の葉の合い間から見えてる監視カメラとか、おそらくこの部屋の隅にあるコンセントに仕込まれているであろう盗聴器だとか、そういった準備が。
「ん、く……ぅ」
少しでも身体を動かすとそれだけで刺激になって声が漏れた。それを堪えずにあの子に聞かせるように口にしてやる。これが聞きたいんだったらいくらでも聞かせてやるさ。
最近の監視カメラって小型だし、携帯からでもインターネット回線を通じてリアルタイムの映像を確認することができる。帝人君がどこからそれを見てるのかは知らないけど、たぶん隣の部屋かな。この部屋とリビングをつなぐドアは閉まっているから、防音処理が施されているこの部屋の音はあちら側には一切聞こえていないだろう。
「は……ぁ」
熱っぽい吐息を吐き出してすぐ近くの壁に背を預ける。ちょうど真正面に鉢植えがくる位置だ。
たぶん……いや、確実に帝人君は俺があのカメラの存在に気づくとわかっているだろう。ちょっと隠し方が杜撰だからね(普通の人間は気づかないかもしれないけど)。
カメラの存在に気づいたとしても俺ができることなんてない。せいぜい足で蹴り飛ばして壊すくらいだ。
帝人君はそう判断しているに違いない。
「……ふ、ぁ」
こんな状態じゃなかったもっと上手く笑えたとは思うのだけど、実際できたのは僅かに口角を上げることだけだ。
背中に回っている手を駆使しながら少し腰を前にやる。背中が壁をこする感触すら刺激になりそうで、なんだかそれがとても愉快だった。ああどうしようか、今俺はものすごくこの状況を楽しんでる。
あの子の口から決して愛情を示す言葉は出てこないけど、こうやって手間暇かけて俺に何かできるのは愛がないとできないよね。しかも俺の痴態が見たいだなんて。
「ん、く……っ」
そう思うと性器が触ってもいないのに反応してしまう。
俺のそういう姿が見たいのなら正面からねだってくれたらかわいいだろうなぁと思うけど、おねだりはこの間たくさんしてくれたからしばらくはいいか。
俺が欲しいと求められることがあんなに快感なのだとは知らなかった。帝人君ってば俺にいろいろ新発見をもたらしてくれるから、そういうところも愛しいなぁって思う。