目隠し鬼(サンプル)
06-18
大声で歌でも唄いだしたい気分だった。
空は青く澄み渡り雲ひとつない。普段なら照りつけるような太陽もただ暑いだけだと文句をつけるところだが今日は違う。煌々と輝く陽の光はまるで俺を祝福しているみたいだ。
「楽しみだなぁ」
ぽつりと呟く。本当は声を大にしていかに自分が幸せの絶頂にいるかをアピールしたかったけど、それはやめておいた。人目を気にしたわけじゃない。そもそもそんなもの気にするような性格だったらこんな大人になっていないだろう、というのは数少ない友人によく言われることだし自分でもそう思う。
あまり目立ちたくなかったのは、ただでさえ大きなスーツケースをごろごろと運んでいる自分はいつもより注目を集めてしまっていると自覚しているからだ。街中では外国から来た旅行者というのも見かけるが、こんなでかい荷物を持って観光する馬鹿なんていない。だからこんな歩くのに邪魔でしかないを持っている俺を思わず見ててしまうのは仕方のないことだと思う。
本当にちょっと視線を向けてくるだけで、一秒後には興味を無くしてしまっている群集を普段なら観察しているところだけど今日はそんなことをしている時間も惜しかった。
赤信号につかまりその場で立ち止まる。
できるだけ舗装してある道を選んで運んでいるつもりだけど、それでも早足で歩いているからさぞ中は揺らされていることだろう。それを謝罪するように(とは言っても中のものにはきっとそんなことわからないが)指で腰の高さほどあるスーツケースを撫でた。
急ぐのなら車を使えば良いのにといわれるかもしれない。だけどそのへんでつかまるタクシーには乗らない大きさだし、運び屋を呼んで中身に気づかれても困る。彼女は仕事においてあまり内容を詮索したりはしないがこれの中身は別格だ。
このスーツケースを渡してきた相手が運びましょうか、と言ってきたがそれは丁重に断っておいた。自分の居所を知られるのは気分がいいものではないし、何より。
「自分で運ぶのがいいんだよ」
多少の苦労なんてこの後のお楽しみを考えれば苦でもなんでもない。
粟楠会の赤林さんにあの子のことを調べるよう依頼されたのほんの三日前だ。
そんな話がなくとも元々調べる気でいたし、ここで拒否して変に疑われるのも面倒だと思っていつもの笑みを貼り付け引き受けた。いやぁ、あの子も出世したものだよね。いわゆるこわーいお兄さんと呼ばれる人種にまで目をつけられるようになるなんて。クラスメイトの保護者だからというところをいれたとしても及第点だ。そうなるように仕向けてあげたのは俺だけど。
平凡で、人より優れている点と言えば情報収集能力と好奇心を満たすためだけに使われる行動力くらいのあの子。ああでも、二年になった今もクラス委員長をやっているんだっけ。一度してしまうとよっぽど馬鹿なことをやらかさない限り惰性でずるずる卒業までやらされるものではあるが、聞いた話では彼の手腕はなかなかの物のようだ。たかだか四十人前後の人間をまとめているだけでなかなか、なんて評価は甘いかもしれないけど、誰に聞いても『あいつが委員長でよかったよ』と言われるのはあの年頃の子にしては珍しい。人間っていうのは権力を持つと勘違いしがちなのに、とくに十代なんて自己顕示欲の塊だろうにあの子は裏方に徹するのが性に合っているらしい。いや、裏から糸を引くのが、かもしれない。
なにせダラーズのサイトの管理だって一人でやっているような子だ。自己満足な自己主張を押し付けたところで他人が言うことを聞くわけはないと知っているのだろう。匿名性の高い場所ではなおさらで、そんな掲示板が廃れることも荒れることもなく現在も維持できているのはあの子の力によるものが大きい。俺も暇なときはお手伝いしてあげてるけどね。たぶん知らないだろうけど。
感謝してほしくてやってるわけじゃないし、荒れそうな話題提供も俺がしていることもあるので貢献度と照らし合わせたら五分五分ってところかな。
今どうしているかは知らないが、何やら楽しそうなことをしているなとは思っていた。
黒沼青葉に目をつけられたことを知ったときは、おやまぁと思ったものだ。ようやくあの子の面白さに気づいた人間が俺以外にも出てきたかとそいつにちょっとだけ協力してやった。紀田君からの忠言なんて絶対帝人君は意識するからね。その紀田君のフリをしているのが当の本人以外わからないなんて怖い世の中になったものだ。
帝人君には一瞬バレたかと思ったけど(読点で文章を区切る癖があるなんて知らなかった。もしかしたらクロムが俺だっていうのもあの子なら気づくかもしれない)どうやら幼馴染みから声をかけられるっていうのはあの子にとって望外の喜びだったらしい。
正臣、正臣と必死になって子犬が飼い主に尻尾を振る姿が見えるようなメッセージ。思い出すとあまり楽しい気分にはならないから、思い出さないようにしている。
俺と内緒モードで話すときはあんなじゃないくせに。まあ、甘楽との付き合いが長いせいかもしれないけど。
早く俺に対してもあんな風になってもらいたいものだ。俺に頼って、俺の言葉だけ信じて、俺の言う通りに動く手駒……にはあの子はならないかな。
俺の情報だけしか必要としなくて、俺という人間ではなく新宿の情報屋という肩書きに目を輝かせる帝人君に興味を持つようになったのはいつごろだったか。田中太郎というダラーズの創始者に興味があったのは随分前からだが、よもやこの俺が高校生に夢中になる日がくるとは世の中何があるかわからない。
ただの高校生だったらもっと簡単だった。甘いエサをあげてちょっと優しい言葉をかけて、こちらに心酔させることなんてすぐにできる。でもそれじゃ駄目だ。そんなものじゃあの子はすぐに飽きて新しい刺激が欲しいと余所に目を向けてしまう。そんなことは許せない。俺が帝人君を欲しいように、あの子も俺を欲しがるべきだ。俺がいないと駄目だと縋りついてくれるくらいにならないとフェアじゃないだろ?。
本当に恋ってやっかいだよ。そんなことを思う自分が滑稽だし愉快だと思う。他人を振り向かせるために尽力する俺なんてなかなか見れるものじゃないんだから、帝人君にはそこのところをわかってもらわないとね。
どれだけ俺から愛情を注いでもらっているかを自覚したらあの子はどんな顔をするんだろうか。恥じらう笑顔にしても嫌悪で引きつるにしても、他人にはめったに見せない感情を見せてくれるだろう。その日のことを想像すると楽しみで仕方ない。そんな日を迎えるためにも帝人君の今を知る必要がある。
あの子が今何をしているのかなんて無敵で素敵な情報屋さんにかかれば一発、のはずだった。
俺の情報網(敏腕秘書にはただの取り巻きか信者でしょうと言われてるけど)からは帝人君が自宅に帰っていないこと、漫画喫茶を寝床代わりにしているという話を聞いた。どうやら粛正(ダラーズをより良いものに、なんて発想が子供過ぎて愛しさが増すよね!)をしているときに紀田君に会って怒られたらしい。そのときの状況を俺は知らないけど、そういえば最近紀田君から連絡がないことを思い出した。こちらから渡す仕事のメールにはちゃんと返信があるがプライベートのことは一切言ってこない。ようやく俺に食ってかかっても意味がないことに気がついたのかな。いやぁ、十代の成長って早い。
帝人君は親友が家に押しかけてくる可能性があると見ているらしく、そのせいで寝床をもとめてふらふらする羽目になったようだ。紀田君の居場所を作るためにその紀田君から逃げるなんて本末転倒だけど、手段が目的に変わることなんていくらでもあるからね。ま、簡単に目的達成なんて俺がさせないけどさ。
もっともっと深い暗いところに入り込んで、誰か助けてと言うくらいにならないと。もちろんそこで手を差し出すのは俺の役目だ。
さて、それじゃあ帝人君は今はどこの漫画喫茶を寝床にしているのかと調べたが――何故かそこからぱったり情報が途絶えてしまった。
最後に泊まった漫画喫茶はわかっているのに、そこから先がどうしてもわからない。てっきり黒沼青葉が何かやったのかと思ったが違うらしい。
ブルースクウェアのトレードマークでもある青い目出し帽をかぶった子供たちも必死になって探しまわっていることを知り俺は、はて、と首を傾げた。
帝人君本人が望んで姿を消したということだろうか。全てに疲れて、何もかもが嫌になって投げ出してしまったとか? いやいやそれは困る。別に最後までゴールする必要なんかないけど、まだそうなるには早すぎだ。全部投げ出すなら俺に帝人君をくれないと。
しかしあの子本人が逃げ出したのであれば、その逃げた痕跡くらいあるはずだ。実家周辺も調べてみたが戻った様子もない。ではどこか遠くへ行ったのかと思えばその形跡も無しだ。
まるで神隠しにでもあったかのように突然消えてしまったことになる。ま、神隠しなんて現代日本であるわけがないよねと思いながら帝人君の足取りを調べるのに一日かかり、二日目も費やしたあたりで俺の背中に冷たい汗が流れた。
本当にまったく情報が出てこない。いっそあの子は異次元に消えたんだと思ったほうが納得できるくらいに帝人君の消息はわからなかった。新宿の情報屋を自負する俺がわからないのだから、ブルースクウェアの焦りたるや言わずもがなだ。
いっそもう、運び屋に聞いてやろうかと思い始めたのが探し始めて三日目のことだった。神隠しを信じるわけじゃないが、首無しライダーが運び屋をやる世の中だ。何があってもおかしくない。超常現象には超常現象、化け物なら何か知ってることでもあるんじゃないかと思い立ち、今日の仕事が終わればその足で新羅のところに行こうと考えていた。
そう思うと今日の憂鬱な仕事に行く足も若干軽くなる。
帝人君のことを調べつつも仕事の依頼は日々入ってくるわけで、その中でも比較的面倒のない、かつ報酬はきっちりしているものだけを選んで仕事をしていたが今日のものは違う。
突然仕事用のメールドレスに入ってきたメールはこんなものだった。
『前略 折原臨也様
盛夏のみぎり折原様にはご清栄のことと
お喜び申し上げます。
本日お頼みした情報がありご連絡致しました。
貴兄がお望みの報酬を用意しております故、
引き受けていただけることと思います』
最後は先方の電話番号と担当者の名前と思われるものが書いてあった。
前略と書いてある時点で俺の機嫌は下降していったし(これってビジネス文書の作法に則ると、かしこまっていられないくらい俺のために急いで知らせたいことがあるってことだろ。何だよ俺のためって。誰だお前)基本的に俺は紹介でしか仕事を請けない。にも拘わらず、メールの本文には紹介者の名前もなかった。
誰かが俺のことを教えたのか、はたまた噂だけ聞いてなんとかメールアドレスを得たのかはわからないけどいつもならそんなメールはすぐにゴミ箱へと移動させていた。
そうしなかったのは最後に書かれていた連絡先の電話番号がこのご時勢にしては珍しく固定電話だったからだ。携帯のように簡単には変えられない番号にほんの少し興味を引かれた。ネットでその番号を調べてみると、驚いたことに新宿の外れにある平凡としか言えないような質屋の電話番号だった。
こんな店が俺の“お望みの報酬を用意しております”だって? ただの質屋が俺の希望を叶えられるはずもないのにこの文面。何を出してくるだろうという興味より、向こうが提示してくる謝礼にこの程度のもので? と嘲笑ってやるために連絡した。まあ、俺も色々鬱憤が溜まっていたからね。ストレス発散を兼ねて、今後こういう馬鹿なメールはしてくるなと言ってやりたかったわけさ。
電話でこちらの名前とメールに書いてあった担当者名を告げるとすぐに保留音が流れ、二十秒ほど経ったころにその担当者とやらが出た。
どうも、折原です、と商売用の声で言うと、向こうは腰を低く、慇懃な態度で俺に仕事を頼みたいことを言ってきた。メールの文面はどうかと思ったが態度は悪くない。
「それで、どのような情報をお望みでしょうか?」
俺の問いかけに向こうは会って話をしたいという姿勢を崩さなかった。報酬に関してもそうだ。情報をよこすなら対価についても話すという。
これはもう面倒くさいから無かったことにしようと電話を切りかけたのに『必ず折原様にご満足いただけるだけのものを用意させていただきます』と自信満々に言うから仕方なく会うことにした。会って言ってやるつもりだったんだ。俺を満足させたいなら平和島静雄の首をよこせって。もちろんどこぞの誰かさんの弟みたいに首を愛でたいんじゃない。シズちゃんの息の根が止まったことを確認するために欲しいだけであって、それがわかればコンクリ詰めにでもして海に沈めるつもりだ。でもシズちゃんって首を切っても死にそうにないよねぇ、化け物だし。
まず無理であろうその見返りを要求すればどんな顔をするだろうかとか、自信満々に出してくる報酬の陳腐さはどれくらいだろうかと少しでも気分が上向きになるようにそんなことを考えながらその質屋へと向かった。
店の外観は予想とおり平凡なものだ。掲げている看板は年季が入ったように見えるけどそれ以外特筆すべきことはなく、中に入ると商品が並べられていたが、伝説の妖刀だとか、海外の古文書とかそういう怪しいものも特に置いてない。極々一般的な質屋だった。
そうなってくるとむしろそれが怪しく感じられてしまう。そんなただの質屋がどうして俺と取引がしたいと言ってくるんだろうか。先述したようないわくありそうな品物でも入手したくて、その情報が欲しいとか? 俺はオカルトマニアじゃないからそっち方面には詳しくないんだけどと思いながらも、店の人間に案内されるまま奥へと進む。
「こちらでしばらくお待ちください」
案内された先は質の良さそうなソファが置いてある応接間だった。この部屋だけだったら粟楠会の事務所みたいだなと思う。早い話が金がかかってそうだということだ。
出されたお茶も、そのお茶が入っていた湯のみも一般家庭ではまず気軽に出てくるものじゃなかった。ということは、なかなか儲かっているのかもしれない。
お茶が半分ほど無くなったところで俺が入ってきたドアが開いた。
「いやはや、お待たせしてしまってすみませんな」
「……どうも、折原です」
現れたのは骨と皮だけのような老人だった。電話に出た相手の声は若いものだったから、この人間はその上司かもしれない。
頭髪はすでに無く、腰は曲がり、杖をついて歩いているが目だけはぎらりと妙な光を湛えている。
野心に溢れるやつの目ってこんなだよなぁと思いながらも心中で苦笑した。こういう人間が依頼してくる情報でおもしろいものというのはあまりない。
そんな俺の予想通り、老人が俺に頼んできた情報というものは極々ありきたりで、だが簡単には手に入らないものだった。まぁ、それがほしいなら俺みたいな裏事情に詳しい情報屋に聞くのが一番確実だろうなとは思う。思うが、それの正当な報酬がいくらくらいかと問われればそんなに高くはない。ジュラルミンケース一つくらいがいいところだ。もちろん中身を万札でいっぱいにしてもらうことにはなるが。
「ご希望の情報をお渡しすることは可能です。可能ですが……」
言外にどんな代価を用意しているのかと問いかけた。まさか俺の望むものがあると言っておいて金だけでやりとりするようなことはしないだろう。そんなことになったらここまできた迷惑料の上乗せを要求してやる。
俺の胸の内の声でも聞こえたのか、老人は鷹揚に頷いた。
「私のところは質屋なのですが、実は人形も売っておりまして」
「人形、ですか」
俺にとって人形というのは妹達が持っていたものくらいしか思いつかない。自分で好きな服に着せ替えられる、異常に大きな目のおもちゃをあいつらは好き勝手にしていた。そういえばあの人形、最終的には舞流が縛りの練習をするのに使っていたっけ。小学生が亀甲縛りを覚えて一体どこで使うんだよと呆れた記憶がある。
つまりまぁ、俺にとっては人形なんてその程度のものということだ。だがそういったものに異常な執着を抱く人間が存在することも知っている。
どうやら目の前の人物にとっては商売道具であるそれに並々ならぬ自信があるらしい。だけど俺は何の反応も返さない無機物なんてどうでもいい。
「ただの人形ではございません。喋るし、動きますし、躾ければそれはそれはいい声で鳴くようになります」
「はぁ……。……あぁ、なるほど」
喋ったり動いたりなんて人形じゃなくてロボットじゃないかと思ったが、躾ければ、という言葉で得心した。
老人が言っている人形とはつまり、人間のことだ。
人身売買なんてこの街では珍しいものじゃない。人間がいればそれだけ悪事も増えるものだ。俺だってそういう手引きをしたことがないわけじゃないし。とは言っても、俺がやったのなんて借金を作らせてそれの代償に内臓を売らせたくらいだけどさ。健康な人間の臓器というのは時に一般人が一生かかっても稼げないような金額をたたき出すことがあるからね。
しかしこの老人がやっているのは臓器売買ではなく、人そのものを慰み者として取引しているということだろう。
「それは少し興味がありますね」
そういった伝手は今後どこかで使えるなという興味だ。
俺個人としては、調教されて唯々諾々と他人の言うことを聞くようになったものなんか欲しいとは思えない。それはもう人ではなく家畜だ。だけどまぁ、家畜が好きという人間はいくらでもいるだろう。俺が人間を愛しているように、家畜しか愛せない人種もいるんだから需要はある。
高い地位を持っている人間ほどその傾向にあるから、これを上手く利用できれば俺の仕事がスムーズになることもあるかもしれない。
だがあくまで“少し”興味があるだけだ。
「ですが、それが報酬というわけではありませんよね?」
「ご不満ですかな?」
俺は人形はいらない。だから人形自体がギャラとはならず、この老人がそういったやりとりをしているという情報だけが俺にとっては有益ということだ。
だがそんなものは調べればわかったことだし、特に望んでいた情報でもない。だというのに老人は俺の答えが意外だとでも言うように片眉を上げた。
どれだけ自分の商品に自信があるのか知らないが、それは興味を持っている人間にしか通用しないということを知らないのだろうか。
「あまり私はそういったものに関心がないので」
外面は温和な笑みを浮かべておいたが、胸の中では馬鹿じゃないのかという嘲りがはびこる。
自分の価値観が絶対だと思い込んでいる人間を見るのは楽しいけどそんなもののためにここまで来た自分に同情しそうだ。
今後はやっぱり紹介者無しでの仕事はとらないでおこう。そう心に決めた俺に、老人はまるで内緒話でもするように向かいの席から身を乗り出してきた(ここには俺とこの老人しかいないというのに)。
「実は最近、新しい人形が入りまして」
「…………」
興味がないと言っているのに話を続ける傲慢さに自然と視線に冷たいものが混じってしまう。しょうがないだろ、だって俺は別にボランティアで仕事してるわけじゃないし。趣味と実益を兼ねて情報屋をやっているんだから。
「外見はパっとするわけじゃないですが、体躯は細身でしてね。日本人らしい黒髪に、年より幼く見える容姿はその手の人間にとっては喉から手が出る一品なんですよ。ただ言いましたように可愛らしい見目というわけでもないものでして。手間を考えると中身だけ取って売り払ってしまったほうが良いんではないかとも考えておったんです」
中身というのは臓器ということだろう。売れる商品になるまで時間をかけるより、手っ取り早く金になる方法をとろうとしたと言いたいらしい。
老人は一旦言葉を止めるともったいぶったようにソファに座りなおした。
杖についていた手のうち右手だけを懐にやると一枚の紙を取り出した。いや、紙というより。
「しかし、高名な情報屋さんがお探しと聞きましてね。これはぜひ献上させていただこうと思ったわけです」
机の上に一枚の写真が差し出された瞬間、口角がゆったりと上がったのが自分でもわかる。
なるほど、こんなところにいたわけか。どうりで探しても見つからないわけだ。
新宿の情報屋の目をかいくぐる目の前の人間の手腕に敬意を表し、俺はことさら深い笑みを浮かべて見せた。
「なるほど、それではご希望の情報につきましてはすぐに用意させていただきましょう」
いくらかサービスもつけさせてもらいます、と付け足すと老人が快活に笑った。
「それはそれはありがたいことですな。それではこちらも、少しばかりオプションをつけさせてもらいましょう。今後もスムーズな取引をしてもらうためにも、我々の仕事を知っておいてもらったほうがいいでしょうし」
「ええ、それは楽しみにしています。ですが」
「わかっております、わかっております」
俺が最後まで言うよりも先に老人はさえぎるように口を開く。
「従順な犬よりも、我が侭に振舞う猫のほうがお好みでしょう。我々はただ、その猫の爪を整えておくぐらいにとどめておきますからご安心ください」
なるほど、人身売買をするだけあって相手の好みというものも見るだけでわかるものらしい。
喉から、く、という笑い声が出る。本当は大声で笑い出したいのをこらえた結果だ。
老人はそんな俺を満足そうに眺め、机上の写真を俺のほうへ差し出すのでそれを受け取る。
こちらに目線を向けていない、隠し撮りだと一目でわかるそれは俺が自分の情報網の一人に渡していたものだった。来良学園の制服を着ている彼の目線の先は、確か園原杏里だったんじゃないかな。
「それでは契約成立ということで」
微笑みながら老人に告げ、俺は写真の中の帝人君に唇を落とした。